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第2波懸念に「にわか分析」がまたぞろ闊歩 安易な納得に納得しない (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 それにも関わらず、東京での第2波の可能性が盛んに報じられると、この「にわか分析」がまたより闊歩するようになった。

 ウイルスについて不明な点が多く、免疫やワクチンについても素人が判断できる領域ではないと多くの人が「納得!」していたのに、だ。あいかわらず、断定的な表現に対しても「これは納得がいく説明だ」とコメントする。

 ぼくは、どうしてもこの現象に納得がいかない。「素人の私でも納得がいく説明だから、この医師の解説は聞くに値する」とのコメントは、一体何を意味するのだろうか? 

 行動指針のとりあえずの助けになる可能性は否定しない。だが、そんなにたくさん行動指針は増やしていいものだろうか。なによりもまず、ぼくたちはこんなにも安易に納得を唯一の基準にして良いのだろうか?

 ことは感染問題に限らない。

 手元にある新明解国語辞典で「納得」をひくと、「他人の言行をよく理解し、もっともだと認めること」とある(因みに、理解は「物事に接して、それが何であるか(を意味するか)正しく判断すること」)。

 納得とは論理上や倫理上の正しさからのみ導かれるものではない。論理や倫理との整合性は図るが、それだけでは納まりきらず、個人的な心のあり方まで関わってくる。したがって「論理的には詰め切れていないが、俺はこれをしたいのだからする」との自分の心持を自ら許すのである。

 そうするとどんな状況がありうるか?

 「多くの人が納得してそうだから、自分も納得する方が楽だからついていく」とのパターンも出てくる。

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