働き方

破産寸前から時価総額世界一に なぜイーロン・マスクは無茶を継続できるのか (1/2ページ)

 今年5月に民間企業として初めて有人宇宙飛行を成功させたスペースX、トヨタを抜いて自動車業界で時価総額世界一になったテスラ。これら二つのベンチャー企業をほぼ同時に立ち上げたイーロン・マスクの足跡は、決して順風満帆ではなかった。破産寸前の逆境を稀代の起業家はどう乗り越えたのか--(※本稿は、桑原晃弥『乗り越えた人の言葉』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです)。

 それは「世界を救う」夢から始まった

 暗闇のような日々の中で、絶望は、がんばろうという強烈なモチベーションにつながります。--(きずな出版「イーロン・マスクの言葉」p132)

 最もクレイジーな「ポスト・ジョブズ」と言われているイーロン・マスクのキャッチフレーズは「世界を救う」です。学生時代から「いずれ枯渇の時が来る化石燃料に過度に依存した現代社会に変革をもたらし、人類を火星に移住させる」というSF小説並みの夢を大真面目に語り続けてきたマスクは、スタンフォード大学の大学院をわずか2日で中退したのち、オンライン決済サービス「ペイパル」の成功によって大金を手に入れます。

 そのお金を元にマスクが創業したのが、ロケット開発の「スペースX」や、電気自動車の「テスラモーターズ」です。しかし実は、最初からこれほどの事業を考えていたわけではありません。

 火星で植物を栽培する構想

 当初、マスクは火星に「バイオスフィア」と呼ばれるミニ地球環境を持ち込んで植物を栽培する構想を描いており、それはマスクの手元資金でもできることでした。問題は資材を火星に運ぶロケットですが、アメリカのボーイング社製は経費が掛かりすぎますし、ロシア製は信頼に欠けていました。普通はここで諦めるところですが、マスクは「安くて信頼性の高いロケットを誰もつくっていないのなら、自分でつくればいい」と考え、ロケット開発に乗り出すことにしたのです。目指したのは「ロケットの価格破壊」でした。

 「私は決してギブアップしない」

 ところが、いざ取り掛かってみると大変な苦難が待ち受けていました。スペースXは実に3回も打ち上げ実験に失敗。同時期に立ち上げたテスラモーターズでも、最初の電気自動車「ロードスター」の開発に1億4000万ドルもの資金を要しました。

 スペースXやテスラモーターズの開発費用を自己資金で支えていたマスクは、売れるものはすべて売り、友人からも多額の借金をして、破産寸前に追い込まれますが、それでも挑戦をやめようとはしませんでした。彼は社員にこう言い切りました。

 「私はこれまでもこれからも決してギブアップしない。息をしている限り、生きている限り、事業を続ける」。すべては「世界を救う」ためでした。

 同時期に二つの大事業で成果を出す

 そんな「あきらめの悪さ」がやがて実を結びます。2010年、テスラモーターズはアメリカにおいてフォード以来という自動車メーカーとしての株式公開を果たし、2012年にはスペースXの「ドラゴン」が国際宇宙ステーションとのドッキングに成功するなど、マスクは目に見える成果を上げることができたのです。

 テスラモーターズの設立は2003年、スペースXの設立は2002年。同時期にここまで大きなことを二つも始めて、続けて、どちらも成果を出すというのは、普通ではなかなか考えられないことです。しかしやはり刮目(かつもく)すべきは「続けた」点ではないでしょうか。なぜ、これほど無茶なことを、これほどの苦労をしながら続けられるのか。

 それはマスクが本気で「宇宙開発(その先に見据える人類の火星移住)と電気自動車が人類の未来に貢献する」と信じているからにほかなりません。マスクの「世界を救う」という信念は、どれほどの逆境をも乗り越えさせるほどに強いのです。彼が称賛を込めて「クレイジー」だと言われるゆえんでしょう。

 「量産化」という鬼門でつまずく

 ところが数年後、マスクは再び崖っぷちの苦労を味わうことになります。テスラモーターズは「ロードスター」や「モデルS」という高級電気自動車をつくることにはたしかに成功しましたが、マスクが目指す“電気自動車の時代”を切り開くためには比較的低価格で販売する大衆車「モデル3」の量産化が不可欠でした。

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