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大阪経済界の総力を結集せよ 三浦春馬主演の映画「天外者」製作秘話 (1/2ページ)

波溝康三

 明治維新後、現在の大阪商工会議所や造幣局の創設に尽力するなど“大阪経済の礎”を築いた立役者である幕末藩士、五代友厚の人生を描いた映画「天外者(てんがらもん)」が12月11日から全国で公開される。「実も入らぬ、名も入らぬ…と人のため、そして大阪のために人生を捧げた五代の志を現代日本人に伝えたい」と大阪の財界が中心となって映画製作のプロジェクトを立ち上げ、7年越しで完成させた。製作総指揮を務めた廣田稔プロデューサーは大阪弁護士会に所属する弁護士だ。「今の時代、五代のように人のために人生を懸けることのできる人間はどれほどいるでしょうか?」。大学卒業後、鹿児島から大阪へ出てきた自身の人生を、薩摩で育ち大阪に骨を埋めた五代に重ね、大手映画会社でも困難なオリジナル映画を執念で公開へと導いた廣田プロデューサーに制作秘話を聞いた。

 映画タイトルの“てんがらもん”とは、鹿児島の方言で、「凄い才能を持った者」を表す。

 メガホンを執ったのは、千利休の生涯を描いた時代劇「利休にたずねよ」や、和歌山・串本沖で起きたトルコ軍艦の遭難事故を描いた日本とトルコの合作映画「海難1890」などを手掛けた田中光敏監督。主人公の五代を演じたのは、今年7月、30歳の若さで亡くなった俳優、三浦春馬だ。

映画プロジェクト始動

 今から7年前の13年、廣田さんが発起人となり、五代を慕う大阪市民や大阪財界の有志らを中心に結成した「五代友厚プロジェクト」のメンバーで勉強会を定期的に開催。毎年、五代の命日である9月25日には大阪市内に祀られた五代の墓を参るなどし、映画化の準備を進めてきた。

 「昨年の五代の命日には、東京から三浦さんが墓参りに参列してくれました。撮影開始の直前で、五代を演じる並々ならぬ気構えを彼は話してくれました。完成した映画を彼に見てほしかった…」と廣田さんは無念さを打ち明け、こう続けた。

 「志半ば。49歳の若さで五代は亡くなった。30歳で亡くなった三浦さんの姿が映画の中で重なり、涙があふれ出てきました。だが、それだけで終わらせては、この映画を製作した意味がないとも思いました。残された人々に、生きる大切さをかみしめてもらう…。そんな映画として見てもらわなければ、と製作総指揮の責任者として心を新たにしました」

五代の志は永遠に

 五代は天保6(1836)年、現在の鹿児島市で生まれ、薩摩藩士として育った。ペリー来航後、日本の近代化が急務と考えた彼は英国へ渡り、帰国後は、造船のためのドック建設などに関わり、実業家として頭角を現す。明治元(1868)年、明治新政府の命を受け、大阪へ赴任。外国官権判事などを務めるとともに、大阪の初代税関長となり経済外交の道を開く。さらに政商としての才覚を発揮し、現在の大阪商工会議所や大阪証券取引所、大阪市立大学の創設などに携わる。

 「大阪の経済を築くために、と彼は資金繰りなどで奔走する。しかし、彼は自分のために政商として動いているのではないかと誤解を受けたり、陰口を叩かれたり、敵も多かった。49歳で亡くなったとき、多額の借金だけが残されていた。自分のために稼ぐのではなく、人のために、大阪のために彼は働き続け、その結果、早世したのです」

 五代の葬儀には、彼の死を悼むため、約5000人もの市民が参列したという。

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