ローカリゼーションマップ

ヴァレンティノの動画が“炎上” 異文化にからむ地雷 (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 フランスの歴史学者、フェルナン・ブローデル『物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 1-1 日常性の構造』という本を読んでいる。そこにワインの銘酒の誕生は18世紀の中葉であったとあり、「地域相互の相違が大きくなるにつれて、ぶどう酒はしだいに贅沢品として発達していった」と説明している。

 ローカルの独自性がビジネス上の財産でもある。

 振り返ってみると、1990年前後から急速に拡大したグローバリゼーションであるが、並行してローカルの存在に目を向ける動きも出てきた。一つにはグローバルな均一化への息苦しさもあったのかもしれない。アイデンティティ喪失の危機感もあっただろう。

 この10年ほど、「グローバルはフラットだ」との言説はあきらかに極論であったとの反省もあり、ローカル文化に対する見直しが意識されている。つまり18世紀半ばのワインのような機運になっている。

 他方、前世紀から西洋文化への世界の評価が下降傾向にある。政治経済の影響力が弱体化したからだけでなく、その弱体化の向こう側にある要因が絡んでいる。

 欧州各国が宗主国であった植民地時代への反発がまだ終わっていない。宗主国の文化は上位にあり、植民地の文化はエキゾチックという要素にフォーカスし、宗主国は好みに応じて異国情緒あるテイストを好きに使ってもよいだろうとの態度を示してきた。その西洋中心的な見方が、とことん西洋以外の人々から嫌われている。

 しかも、欧州人が反省しても、反省がまだまだ不足していると追及されている。なぜなら、相変わらず前述のような「事故」が起き続けているからだ。

 もちろん、日本の企業や人々の間にも「旧宗主国的な視点」がないとはいえない。第三者として傍観できる立場ではない。

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