【ニュースを疑え】「自分をゆるめる」 働き方改革・飛騨千光寺の住職に聞く

2019.3.11 06:50

 働くとは何か。働き方改革は、人の生き方まで変えてしまうのだろうか。そう身構えて飛騨千光寺(岐阜県高山市)を訪ねると、大下大圓住職は笑顔で言った。「現代人は自分をゆるめるのが下手ですね」。法制化の過程では長時間労働の是正にばかり焦点が当たり、働くことの意味を問う議論は深まらなかった。緩和ケアの現場で医師や看護師の働き方を見てきた大下住職は、どう考えるのか。(小野木康雄)

 働くことは修行

 〈政府は今年4月から、残業時間の罰則付き上限規制や有給休暇の消化義務などを導入する。いずれも昨年成立した働き方改革関連法に盛り込まれた〉

 --働き方改革に対する考えを聞かせてください

 「制度も諸行無常です。年功序列や終身雇用が常識だった昭和から、能力主義の平成になり、働きすぎを防ぐ新たな時代を迎えるわけですから。今はベストな改革だと思えても、後から検証すると良くなかったということはあり得るでしょう。問題があれば変えればいい。とりあえずやってみることです。もちろん、過労死などの不幸を作ってはいけませんが」

 --そもそも仏教は働くことをどう考えていますか

 「仏教の生活実践である八正道(はっしょうどう)のひとつに、正業(しょうごう)と呼ばれる修行があります。意味は『正しい行い』。仕事を給料のためだけでなく、魂を磨く行為だと位置づけています。嫌な仕事でも自分を高めるかもしれないと考えるのです」

 --行基や空海は、治水や灌漑(かんがい)などの土木事業を率先して行いました。現代の僧侶は、働くことを通じてどのように修行しているのでしょうか

 「妻帯しなかった昔と違って、今の僧侶は家族を養う必要があるので、他人を幸せにする利他行(りたぎょう)に力を注ぎにくくなったといえます」

 「本山で働く僧侶は、公務員やサラリーマンのように組織の中で働き、世間と同じように対価として給料を得ています。一方で多くの僧侶は人々の幸福につながる法要や祈祷(きとう)といった宗教活動を行い、お布施を受け取る。その中から給料をいただきます。いずれの場合も所得税が課税されますし、労働に当たるといえますが、やはり修行でもありますね」

 --時代の変化とともに、僧侶の働き方も変わってきたということですね

 「お寺を取り巻く環境も変化しました。檀家(だんか)を相手にするだけでなく、境内に福祉施設を作る住職や、病院に出向いて患者さんの心のケアに当たる僧侶も増えています」

 本当のリラックスを知らない

 〈大下住職の活動も多彩だ。地元の医療者と連携し病院や在宅での緩和ケアに携わるほか、主に医療者向けに瞑想(めいそう)を指導している〉

 --昨今はマインドフルネスなどの瞑想がビジネスマンにも注目されています

 「忙しい現代人は、自分のために時間を使って自分自身をゆるめることが容易にできません。実際に瞑想をやってみれば分かりますが、本当のリラックスを感じた経験のない人が大半でしょう」

 --仏教では、瞑想をどう位置づけていますか

 「先ほど八正道の話をしましたが、正業に加えて正定(しょうじょう)という修行もあります。正しい精神統一、すなわち瞑想のことです。仕事が動なら、瞑想は静。仏教ではどちらの修行も大事にしています」

 --瞑想にはどんな効果があるのでしょうか

 「私は伝統仏教の瞑想を医療や福祉の現場で役立てたいと考えて、京都大こころの未来研究センターで平成20年から2年間研究していました。米国では1970年代から先行研究があり、効果は3つに分類できます。ストレスの緩和、心身の健全な能力アップ、そして人間性の向上です」

 「効果があるのは大人だけではありません。小学3年生に、朝の読書の時間を使って5~10分の瞑想を1カ月続けてもらうと、自主性や集中力が高まるとの傾向が出ました。上越教育大の先生との共同研究で平成24年に論文発表しました」

 --なぜ医療者向けに指導されているのですか

 「医療者は慢性的な長時間労働に加えて心の深いところで人と関わるため、疲弊する傾向にあるからです。15年ほど前、緩和ケア病棟の看護師が燃え尽き症候群になって訪れてきました。現実から離れるようにとおにぎりを持たせ、山の上のお堂で3日間、ぼうっと過ごしてもらいました」

 「ストレスの真ん中にいるとき、人は主観にどっぷり漬かっています。彼女は4日目になってようやく、自分を客観的に見つめることができた。必要以上に自分を追い込んで焦っていたことに気づき、6日目には元気になって帰りました。人間には自然治癒力があり、瞑想はそれを引き出すことができるのです」

 「直観」を養う

 --その方はどんな瞑想に取り組んだのですか

 「呼吸を整えて集中する『ゆるめる瞑想』に時間をかけました。私は対人援助を目的として行う瞑想を『臨床瞑想法』と呼び、4つのメソッドに分けています。まず、ゆるめる瞑想。次に自己を見つめて思索をめぐらす『みつめる瞑想』。心身の機能を高める『たかめる瞑想』。そして大いなるものに意識を向ける『ゆだねる瞑想』です」

 --瞑想をするのとしないのとでは、そんなに違うものなのでしょうか

 「かつて日本人には、静かに座るという習慣がありました。神棚に手を合わせ、仏壇にお参りし、聖なる場所である床の間の前で家長の言葉を聞いた。そうして『直観』を養っていました」

 「直観は『直感』とは違って、腹の底から湧き上がってくるような深いひらめきのことです。昔は日常の中にも非日常の空間や時間があったから、自然と身についた。けれども生活様式が変化した現代では、意図して非日常を作らねば養えません。アップル創業者のスティーブ・ジョブズだけでなく、日本の一流の経営者も、そうした非日常を大事にしているようです」

 健康づくりの休暇を

 --働き方改革に対応した企業の取り組みとして、瞑想を取り入れることは可能でしょうか

 「たとえば、ボランティア活動をしやすくするために作られたボランティア休暇のように、健康づくりに特化した休暇を導入してみてはどうでしょうか。ただ休むのではなく、運動や瞑想など、予防医学に効果のあるメニューを用意し、自分に合ったものを選んで行ってもらうのです。これなら労使双方が関心を持って取得しやすい休暇になると思います」

 【プロフィル】大下大圓(おおした・だいえん)

 1954年、岐阜県生まれ。飛騨千光寺住職、日本臨床宗教師会副会長。12歳で出家し、高野山大文学部仏教学科卒業後、スリランカへの修行留学で仏教瞑想を習得した。日本体育協会公認スキー指導員の資格も持つ。著書に『いさぎよく生きる-仏教的シンプルライフ』(日本評論社)など。働く人のために臨床瞑想法を紹介する『瞑想力』(同)も近日刊行予定。

 【用語解説】「ニュースを疑え」

 「教科書に書いてあることを信じない」「自分の頭で考える」。2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑・京都大特別教授は、受賞決定の記者会見でそう語りました。ニュースは、世の中で起きているさまざまなできごとのひとつの断面にすぎず、うのみにしていいものばかりとはかぎりません。時事問題を的確に知り、事実から「真実」を見極めていくには、どうすればいいでしょうか。「ニュースを疑え」は、各界の論客にニュースを違った角度から斬ってもらい、考えるヒントを提供する企画です。

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