【ローカリゼーションマップ】「怠惰」が道を切り開く デザイナーとアーティストの違いにみる創造の源泉

2019.10.18 07:00

 「デザイナーやアーティストにインタビューしていて、君には悪いけど、アーティストから話を聞く方が圧倒的に面白い!」。イタリア人のビジネスパートナーであるデザイナーと雑談しているとき、ぼくはこう話した。すると、その彼も「そうだ!」と同意する。連載「ミラノの創作系男子たち」のためのインタビューもあるが、それ以外でもクリエイターと話す機会は多い。どうもデザイナーは格好をつけるのだ。

 インスピレーションを得るには「旅に出ろ」「音楽で集中しろ」「自然のなかに入れ」「マインドフルネスだ」とデザイナーはなかなか煩い。「料理はクリエイティブの源」とも。

 もちろんアーティストにも同じようなタイプがいる。だが、まず、こういう発想の湧き方を語って自己陶酔するタイプがデザイナーに多い。

 「いわば、デザイナーは怠惰であることを恥じ、アーティストは怠惰に恥じないのだ」とぼくは言葉を加える。

 パートナーのデザイナーは、「それは重要だ」と声を弾ませる。

 「普段、怠惰であるからこそ、あるテーマは見つけたときに200%くらいのエネルギーを注ぎ込めるのだ。これは『怠惰の研究』という研究対象にもなるはずだ」

 そうか、デザイナーが自覚している問題なのかと、ぼくは納得する。

 しかしながら、世のなかには、クリエイティブであるための指南書がたくさんあり、もう秘訣が溢れかえっている。

 先日もある集まりに行ったら、デザイナーがその秘訣を羅列していたが、そうなると聞いている人は、どうしてもメソッド的な受け取り方をしてしまう。

 それでいいの?

 山に登ってみた。美術展に行った。コンサートにも出かけた…でも、何も発想が浮かばないじゃないかとガッカリする。

 いくつかの秘訣を実行するのは、あくまでも発想の獲得率をあげるためであって、それ以外の何ものでもない。ある程度のインプットが溜まっていかないと、ある瞬間はやってこないものだ。

 即ち、ある秘訣が強力というのではなく(人によって、どのパターンの成功率が高い、という差異はあるだろう)、あらゆる行為の集合体との姿でしか見られない。

 インスピレーションの神様が降臨するわけでもなく、コンセプトなりになったときに、もとを振り返って分析的に「あれが、決定打だったのか」と気づくに過ぎない。

 「気づくに過ぎない」ことなのだから、雨乞いのように「心のよりどころ」程度に考えておいて差し支えないだろう。頼り過ぎないことだ。

 デザイナーの肩をもつならば、その仕事の性質から、他人から依頼された案件に提案することが多く、しかもその内容も多岐に及ぶため、時間との戦いでインスピレーションの到来を願わざるを得ない状況に陥る。個人の性格と同様、仕事の性質にも起因するわけだ。

 一方のアーティストは、自分自身が設定したテーマで長期に渡って作品を作っていく。短いサイクルで焦ってインスピレーションを求める状況が、デザイナーよりも少ない可能性がある。

 言うまでもないが、あくまでも一般的な比較でこう語っているので、例外はある。

 デザイナーは発想のプロセスまでをお客さんに説明しなくてはいけないシーンがあり、そのために自分の生活を営業上語ることに馴れてしまったとも想像できる。

 ライフスタイル自体が営業ツールになっているわけだ。だから「怠惰」は売りにしづらい。だが、その怠惰こそがクリエイティブの源泉だと認められたら、もっともらしい「活発ぶり」を目にすることも減るかもしれない。

 そう、どうでもいい秘訣を大文字で訴えかけられるのは、もうウンザリなのだ。もしかしたら、医学的根拠に乏しいサプリや健康法を無理やり勧められるよりも、もっとウンザリする。

 それもこれも、そういうマーケットがあるからだ。「具体的にどうすれば、事例のような成果を得られるのですか?」という問いが多すぎる。

 その手の問いに答えるばかばかしさを感じながらも、心のなかではイライラとしながら答えてあげる心優しき人々がいるから、この間に1つのキャッチボールが成立しているかのような勘違いがある。

 標準化信仰が底流にはあり、ある手順を踏まえれば、それなりの結果が得られると思っているのである。だからあえて強調したい。怠惰な態度が、新しい道を切り開く、と。

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安西洋之(あんざい・ひろゆき)

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モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。

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