なぜ本能寺の変にまつわる研究には珍説・奇説が多いのか

具体的には信長が地元で使用していた暦を朝廷に強要したこと、京都馬揃えで正親町天皇に軍事的に圧力を掛けたことなどが取り沙汰された。そこで、危機感を抱いた朝廷は光秀に指示し、信長の暗殺を指示したということになろう。

しかし、それらは考えすぎといわざるを得ず、結局、話はもとに戻って、信長は朝廷の奉仕者であるとの結論に至った。同時に史料の誤読、論理の飛躍が指摘され、今となっては支持する研究者は少ない。

「足利義昭黒幕説」もユニークな説である。義昭は信長に追放されたのだから、信長を恨むのは当然のことである。また、室町幕府は信長によって滅ぼされたのではなく、なお鞆(広島県福山市)に至って、鞆幕府として健在だったとする点も注目された。

そして、種々の史料を駆使し、義昭が実は光秀と本能寺の変以前に連絡を取っていた可能性があることを示唆した。つまり、本能寺の変は偶発的に起こったのではなく、あらかじめ義昭と光秀の間で綿密に練られたものだったということになろう。

「足利義昭黒幕説」は、一世を風靡した説である。しかし、こちらも史料の誤読、論理の飛躍が多く、今となっては支持する研究者は少ない。ほかにも黒幕説は多数あるが、おおむね荒唐無稽なもので、とても信用できない。興味本位のデタラメである。

近年、私が問題に思っているのは、マスコミで垂れ流される日本史の新説である。特に、新聞やテレビは影響力が強く、「新説」となるとすぐに飛びつき、一斉に報道される。しかし、「新説は一日にして成らず」であり、泉が湧くように発見されるものではない。中には驚き呆れて、開いた口が塞がらない新説も少なくない。

先日のテレビ番組では、「羽柴(豊臣)秀吉が中国大返しをする際、船で岡山の片上(岡山県備前市)から姫路の飾磨まで行ったのではないか?」という説を取り上げていた。中国大返しとは、「信長死す」の一報を受けた秀吉が、備中高松城(岡山市北区)から姫路まで、驚異的なスピードで行軍したものである。

近年の研究によって、中国大返しの路程が明らかになり、陸路でも問題なく行軍できたことが論証された。逆に、従来の中国大返しの路程は秀吉の書状にも書かれていたが、それは自身が大袈裟に書いたものであって、まったく信が置けないと指摘された。

今回のテレビ番組では、中国大返しで船を使ったのではないかと指摘していたが、別に断定していたわけではない。「そういう可能性もあるのではないか」ということを指摘したにすぎない。いったい、どういうことなのだろうか?以下、簡単に列挙しておこう。

1.中国大返しの前後、雨だった可能性が高く、陸路では荷物を運ぶ馬がぬかるみに足を取られ、行軍しにくかったであろうこと(陸路を使わなかった可能性を示唆)。

2.秀吉には毛利方から寝返った水軍がいたので、移動に必要な船を十分に確保できたはずであろうこと。

3.中国大返しの前後、潮の目に問題はなく、備前片上(岡山県備前市)から播磨飾磨(兵庫県姫路市)まで8時間程度で到着したであろうこと。

などなどである。この説は本にまとめられ、あっちこっちで報道されたので、ご存じの方も多いだろう。

なぜ、このような説が生まれたかと言えば、中国大返しが陸路で行われたとの一次史料がないからである(特に、沼城〔岡山市東区〕から姫路まで)。とはいえ、海路を利用したとの一次史料もないので、「科学の力」でそれを証明しようとしたのだ。

歴史研究がほかの学問分野と協力することは、否定しない。災害史の研究では、大いに成果を挙げている。しかし、今回の場合は賛同しない。史料に書かれていないならば、それ以外の方法で歴史的事実を論証するというのは、まったくの本末転倒だからである。

逆に、史料に「海路を使った」と書かれていて、それを科学の力で論証するならば有効であると考える。つまり、科学の力で歴史を再現してみせるという手法は、まったくの邪道であるといわざるを得ない。歴史的な事実を確定するのは、あくまで史料であるということを改めて強調しておきたい。

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