食べ物の甘みやうまみを増すことから、脂肪が豊富な料理を好む人は多い。だが東京医科歯科大などの研究で、ステーキや脂ギトギトのラーメンといった高脂肪の食事を続けていると、肥満だけではなく、毛のもとになる細胞がダメージを受け、薄毛や脱毛につながる可能性が浮上してきた。進行すると回復しないという動物実験の結果もあり、毛髪の状態が気になる人は一刻も早く、食生活を改善するべきかもしれない。
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身近にあふれる脂の誘惑
日本の食生活では、脂肪を重視した食材や料理の人気が非常に高い。脂が乗ったウナギはスタミナがつくと珍重されるし、霜降り牛肉やマグロのトロが高級とされるのは、豊富に含まれる脂肪の味わいが素晴らしいからだ。若い世代を中心に根強く支持されている「ガッツリ系ラーメン」の濃厚な味も、豚の背脂の存在感が果たす役割が大きい。
一方、脂肪の過剰な摂取は肥満に直結し、糖尿病や高脂血症(脂質異常症)、高血圧、痛風など、さまざまな生活習慣病を引き起こすことは常識だ。生命の危険につながることもあるのだが、高脂肪の食事に慣れてしまうと脂肪の味に対する感覚が鈍くなり、さらに脂肪が多い食べ物を求めるようになるともいわれ、改善はなかなか難しい。
そんな中、毛髪の研究を長年続けている東京医科歯科大や東京大などの研究チームは、多様な病気の引き金となる高脂肪食による肥満は、薄毛や脱毛にも関係があるのではないかと疑問を抱いた。そこでさっそくマウス実験を行い、因果関係の解明に乗り出した。
脂肪分60%の餌で実験
マウスの体毛は、毛の根元の「毛包(もうほう)幹細胞」と呼ばれる毛のもとになる細胞が再生・増殖することによって、寿命とされる約25カ月の間、4~5カ月周期で生え替わることが知られている。チームは生後22カ月の高齢マウスや同2カ月の若いマウスなど30匹以上を、通常の餌を与えるグループと高脂肪の餌を与えるグループに分け、毛が生え替わる様子を調べた。
餌の脂肪分は通常が約10%なのに対して、高脂肪の餌はラード(豚脂)や大豆油を大量に加え、約60%に高めた。東京医科歯科大の森永浩伸・プロジェクト助教(幹細胞生物学)は「人に例えると、毎食、脂っこいステーキやギトギトのラーメンを食べ続けるようなものだ」と話す。
その結果、高脂肪食のグループでは、高齢マウスが約1カ月、若いマウスは3カ月で毛が薄くなる症状が確認された。通常食のグループでは、特に変化はみられなかった。
ただチームは以前、毛のもとになる毛包幹細胞は加齢によって機能が衰え、薄毛・脱毛の一因になることを突き止めている。そのため、今回の実験で高齢マウスの毛が薄くなったのは、加齢が原因となった可能性もあるとみられた。
早期の食生活改善が重要
そこで今度は、3カ月以上にわたって高脂肪食を続けた若いマウスの毛根の状態を詳しく解析してみた。すると、毛包幹細胞の内部に脂肪の液滴(えきてき)が生じていることが分かった。
毛包幹細胞には、細胞の再生や増殖を促す信号を伝達する経路があり、脂肪滴がこの働きを阻害することも判明。その影響で、毛包幹細胞の一部は再生せず毛根が死滅し、一部は毛以外の細胞に変化してしまうなどの現象が起き、薄毛や脱毛につながることが確認された。加齢による脱毛とは異なるメカニズムで、生活習慣の影響で起きる仕組みの解明は初めてという。
チームはさらに、この経路の働きを活性化する物質を細胞に投与する検証実験も行った。すると、高脂肪食を始める前から投与して活性化を維持した場合は脱毛の進行を抑制できた。ところが、高脂肪食を開始して細胞に影響が出てから投与しても、脱毛は全く抑制できず回復しなかった。
チームは、今回のマウス実験で確認されたものと同様の仕組みは、人にもある可能性が高いとみている。森永助教は「脂肪は人体に必要な栄養の1つで食べないわけにいかないが、脱毛の防止には早いうちから適切な摂取を心がけ、食事などの生活習慣に気をつけることが大切だ」と話している。
(伊藤壽一郎)