新型コロナウイルスで打撃を受けた世界経済は、主要国でのワクチン接種の進展とともに、明るさを取り戻し始めている。コロナ対策で実施されてきた金融緩和で大量のお金が市場になだれ込み、米国を中心に株価上昇などで富裕層の資産も増大。一方、所得格差が世界中で拡大し、貧困問題の深刻さが改めて意識されはじめた。コロナ禍の収束とともに金融支援や財政出動が縮小に転じれば、拡大した格差が社会不安を増大させかねない。
スイスの金融大手クレディ・スイスが資産家についてまとめた「グローバル・ウェルネス・リポート」2021年版によると、個人資産を100万ドル(約1億1000万円)以上保有する「ミリオネア」は、20年末時点で5610万人と推計され、1年間で520万人も増えた。
こうした資産家が最も増えたのは米国で、173万人増加し2195万人になった。報告書は、資産の増加の多くは株価と住宅価格の上昇が理由としている。景気を下支えする大型の経済対策を打ち出してきた米国では、株や家などの保有資産が多い人ほど、資産を増大させたようだ。
金融緩和などによる資産増大効果が表れたのは、米国ばかりではない。ミリオネア増加人数の国別2位はドイツで、63万人増の295万人。3位はオーストラリアで、39万人増の180万人。そして4位は日本で、39万人増の366万人だった。
好調なのは資産家ばかりではない。世界銀行は6月に発表した世界経済見通しで、2021年の世界全体の実質成長率を5・6%と予測し、前回1月予想から1・5ポイント上方修正した。米国の巨額経済対策や、新型コロナワクチンの普及が力強く経済を復調させるとの理由だ。日本についても0・4ポイント上方修正の2・9%成長とした。
ただ、国や地域で回復にばらつきが大きく、21年末でも世界全体の国内総生産(GDP)合計額は、コロナ流行前の予測を下回る。特に途上国はワクチンの普及が遅れ、約3分の2の国はコロナ禍による1人当たりの所得減少が22年まで解消されない。マルパス総裁は「世界的な回復の兆しの一方で、途上国では貧困と不平等が引き続きもたらされている」と警鐘を鳴らした。
経済の回復基調を受け、全国銀行協会の会長に7月1日付で就任した高島誠氏(三井住友銀行頭取)は、「秋に向けて経済活動が活発になり、(資金繰りが中心だった支援から)次のフェーズ(段階)に移行する」と述べた。感染終息を見据えながら、企業の事業再生や債務整理などに注力していくとの意気込みだ。
コロナ禍を受けた公的資金の支援でなんとか持ちこたえてきた企業の中には、本来ならば倒産が避けられなかった、いわゆる「ゾンビ企業」も多い。銀行の姿勢が変われば、景気が回復局面に入ったにも関わらず倒産が増加する事態も起きかねない。景気を上回る雇用環境の改善がなければ失業率の悪化も想定される。
資産家が増えた米国では、11月2日に行われる東部ニューヨークの市長選の民主党予備選に立候補した台湾系実業家のアンドリュー・ヤン氏が、貧困対策を掲げて一時、有力視された。その政策には、コロナ禍前にニューヨーク市の集計で市民の19・1%が貧困にあり、41・3%が貧困予備軍だったことを指摘し、コロナ禍で状況はさらに悪化したとして、困窮市民50万人(市民数は833万人)を対象に年間2000ドルを配布する「ベーシックインカム(最低所得保障、BI)」導入を掲げた。
ヤン氏のベーシックインカム案は、そもそもBIに懐疑的なノーベル経済学者受賞者のポール・クルーグマン博士に、政策の裏付けとなる「計算がない」と批判を受けた。ヤン氏はその批判を意識してか、「自分は計算ができる」と支持率の不振を理由に撤退を表明したが、誰が市長になっても貧困問題への対策は避けては通れない。
翻って日本では、コロナ禍にかかわらず一部大企業の業績が高調で法人税収が伸び、令和2年度の税収全体は前年度4・1%増の60兆8216億円と過去最高を更新した。元年10月の消費税増税の効果が年間を通して出たことも税収全体を押し上げた。
ワクチン接種の遅れから、秋に向けた日本の景気回復は米国などと比べ見劣りすることも予想される。東京五輪は海外からの観客受け入れが見送られ、首都圏1都3県での無観客も決まり、特需を期待した産業界の思惑は外れた。東京では4度目の緊急事態宣言が発令され、蔓延防止措置がとられた自治体も含め、飲食・宿泊など事業者の経済的打撃や、失業など雇用面での影響も広がっている。
秋までに実施される衆院選では、10万円の特別定額給付金に並ぶようなインパクトを持った家計支援策や、消費税減税などの政策論戦が期待される。
(経済部 吉村英輝)