読んでいて嫌悪感すら覚える悪役を生み出し続け、「イヤミス」(読んだら気分の悪くなるミステリー小説)の新旗手となった伊岡瞬さん(61)が、最新作「仮面」を発表した。テレビ業界を舞台に活躍する人気評論家の素顔が、物語が進むにつれ暴かれていく。人と人との接触が減り、互いが見えにくくなった新型コロナウイルス禍の時代を象徴するような作品だ。
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「SNSなどが広がって、昔より個人の二面性が強くなったような気がします。昔は何もないときは会社でも家でも、ほとんど素だったじゃないですか。今は何か不祥事を起こすと、あっという間に広まるという恐怖感もあって、殊更にいい人を演じないといけなくなっている」
誰もが「仮面」をかぶらざるを得なくなった現代社会の風潮をこう話す。新型コロナの感染拡大以降、インターネット上の炎上は激しさを増した。スキャンダルを起こした芸能人らはテレビの画面から姿を消すことすらある。
本作の主人公は作家、評論家として活躍する三条公彦。文字の読み書きに困難のある「読字障害」を抱えながら、テレビで人気を集めているが、私生活は謎に包まれている。物語では、同時並行的に起きる死体遺棄事件や失踪事件を警察が追う過程で、三条の真の顔があぶりだされていく。
三条以外の登場人物もかりそめの顔を持っている。「タイトルを文章中に入れるのはあまり好きではないんですが、主人公だけでなく全員が仮面をかぶっているということを分かってもらいたくて、あえて主要人物のところにわざと使いました」と話す。
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作家を志したのは、今世紀になったころ。どこかで世界が終わると考えていたら、新世紀を迎えていた。当時40歳。「終わっていないのだったら、何か形を残したい」と小説を書くことを思い立ち、3作目に書いた「いつか、虹の向こうへ」が横溝正史ミステリ大賞に輝き、デビューする。
当時勤めていた広告会社と二足のわらじの生活が続いていたが、リーマン・ショックを機に会社が破綻。妻の「これは神様が『書け』と言ってくれているのよ」という言葉もあり、専業となった。
「あのときが経済的、精神的に一番きつかったかもしれない」という時期。評価はされてもヒットに恵まれなかった。いろいろな意味でインパクトが足りないと考え、「ものすごく嫌な話で、今まで見たこともないような悪党を書こう」と決意する。
そうして生まれたのが平成28年に発売された「代償」。主人公の家庭を崩壊させ、その後も延々とつきまとう邪悪な人物が登場する作品で、「本を投げ捨てたくなるような話と思って書いた」と振り返る作品だった。狙いは当たり、発行部数は50万部を超え、インターネット動画配信サービスでドラマ化もされる代表作となった。
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悪役作りではリアリティーを重視する。「『こいつ本当にいそうだな』というのにこだわっています。噓くさくなった瞬間にどんな無残なことをやっても噓っぽく見える」。そのため日々の生活で見聞きした出来事を凝縮し、キャラクターを作り上げる。「クレームを集めたスーパーの掲示板は宝庫ですよ」と笑いながら、その一端を明かす。
読者に「小さなひっかき傷」が残るような作品作りを心がけているという。「いい話で『ああ、良かった』というのも必要かもしれませんが、1年たつと忘れてしまいそうな気がする。『今まで読んだ中で一番嫌な話は何だった?』『伊岡瞬の書いた代償かな』となってくれたら光栄ですね(笑)」
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3つのQ
Q最近読んで面白かった本は?
「供述調書作成の実務 刑法犯」です。見本と注意点が書いてあって面白い。「こんなの出していいのかな」って思いますね(笑)
Q影響を受けた作家は?
ヘミングウェーですね。感情を排した乾いた文体が大好きで、初期の「瑠璃の雫」という作品は、かなり意識して書きました
Qコロナが落ち着いた後にしたいことは?
ただの食べ歩きはつまらないので、「税込み1100円で食べられるランチ」という企画で本を出したいです
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いおか・しゅん 昭和35年、東京都生まれ。広告会社に勤務していた平成17年、「いつか、虹の向こうへ」で第25回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビュー。その後、専業作家となり、「代償」や「悪寒」「本性」などヒット作を量産している。