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【書評】『哀愁 1964年東京五輪三つの物語』別府育郎著 大会後の過酷人生と光明

1964(昭和39)年に開催された東京オリンピックを振り返ると、やたらと緊張している自分が思い出される。まだ小学生だったのに、ひどく思いつめていた。周囲の大人がやたらとプレッシャーをかけたからだ。「いいか、東京オリンピックは一生で一度、あるかないかの一大事だ。しっかり頭に焼き付けておきなさい」と、くり返し言われた覚えがある。

『哀愁 1964年東京五輪三つの物語』
『哀愁 1964年東京五輪三つの物語』

本書は、57年前に行われた東京オリンピックに人々がどう向き合ったか、6人の選手を中心に活写した作品だ。取り上げたのは、マラソンの円谷幸吉と君原健二、柔道の神永昭夫と猪熊功、そして、体操のベラ・チャスラフスカと遠藤幸雄。

競技の詳細だけではなく、その後、彼らがどういう人生を歩んだかまでたどっている点が興味深い。オリンピック後の彼らの毎日は過酷だ。読んでいて胃がねじれそうになる。しかも今回の東京オリンピックを見ることができるのは、6人のうち君原だけ…。他の選手は自殺や、病気に苦しんだ末に、亡くなっている。

人は誰もが思いを残して死んでいくものだが、もう少し幸福でいてほしかった。それでもその先に、温かな物語や光明が見いだされる。

著者は新聞のアーカイブや自身のインタビューを基に、6人の選手の生き様を描く。その様子は記憶の沼に両手を差し入れ、そっとすくいあげるかのようだ。前回のオリンピック時、小学1年だった著者は、柔道の試合、それも神永がヘーシンクに敗れた無差別級の決勝戦を会場で見ている。父親の仕事の関係で潜り込めたという。

まだ小さくて、混雑した会場では前を見ることさえ難しい。ところが、見知らぬ外国人が救いの手をさしのべ、肩車をしてくれたおかげで、試合を見ることができたのだ。一生に一度となる経験を無駄にさせたくないと考えてくれたのだろうか。オリンピックには人を優しくする力があるのかもしれない。

今回のオリンピックが果たしてどういう大会になるか、まだ誰にもわからない。けれども、開催が危ぶまれながらも、思いがけなく私たちに届けられることになった人間の営みから目が離せないのは確かだ。(ベースボール・マガジン社・1760円)

評・三浦暁子(エッセイスト)


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