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【久保田勇夫の一筆両断 金融から世界が見える 日本が見える】アメリカとは何か―「タイム」誌で知るアメリカの実情―

私はこれまで30年以上、米週刊誌「タイム」を購読している。定期購読を始めたのは1980年代前半、私が大蔵省(現財務省)の財務官室長であったころである。読み始めた理由は、これによって何とか「アメリカ英語」をマスターしたいと思ったからである。イギリス英語については、2年間のオックスフォード大学留学時代にどっぷりと浸かっていたこともあり、かなりの水準に達したと考えていた。彼らの話す英語を、いい加減に聞きながらでも理解できる程度になっていたのは、そのテーマを熟知していたことのほか、彼らの話す英語のイントネーション、スピード、その文章の構成、特定の動詞と結びつきやすい副詞や形容詞などについて慣れ切ってしまっていたからである。そこで毎週「タイム」をしっかり読んで「アメリカ英語」をこのような程度にまでマスターしたいと考えたのである。

ところが、この試みはうまくいかなかった。アメリカにはイギリスの「女王陛下の英語」に対応するような定型化され、標準化された一般的な英語は存在せず、その人特有の英語、例えばボルカーにはボルカーの、キッシンジャーにはキッシンジャーの英語があるだけだということがわかった。ただ、この「タイム」は色々な意味で大変役に立つことがわかった。例えば、これによってわれわれにとって極めて大切なアメリカの質の高い情報を得ることができるのである。私は、そこに掲げられている記事で現在進められているバイデン大統領の巨大な財政支出を伴う財政政策がいかによく考えられたものであり、質の高いものであることを知った。

「バイデン・ドクトリン」の背景

その5月24日・31日合併号では、バイデン大統領が推し進めている3つの巨大な財政支出計画の背景とその考え方が2ページの記事で簡潔かつ明快に紹介されている。これによれば、唐突に出現したように見える「米国救済計画」や「米国雇用計画」、「米国家族計画」は、近年40年間の米国の政治・経済の仕組みが現在では不適切なものであることが判明したからだというのである。以下、この小論を私なりにまとめてみる。

〇1970年央以降のアメリカの政策を導いた考え方は、R・レーガン大統領が述べた「政府は解決策をもたらすものではなく、政府そのものが問題」というものであった。このような考え方の下、エコノミストも、政治家も、大部分の一般のアメリカ人も、経済成長をもたらす最上の方法は、できるだけ規制の少ない自由な市場を作ることであると考えてきた。

〇ところが2008年の「大恐慌」によってこのような考え方に疑念が生じ、今回の「コロナ」でこの考え方が間違っていることがわかった。

〇現在、大部分のアメリカ人は⑴デジタル企業に象徴されるアメリカの超巨大企業の分割、⑵最低賃金のかなりの引き上げ、⑶超富裕層への富裕税の賦課、⑷相当額の公共投資に賛成である。

〇この新しいアプローチ(これを「管理された市場主義」とでも呼ぶ)の考え方は次の三本柱からなっている。

⑴市場の規制の内容は明確であるべきであり、かつ、それがどのような人々にもフェアに適用されるべきである。

⑵市場経済の発展のためには公共財(道路、空港、公共輸送、学校、太陽光パネルなど)への積極的な投資が必要である。

⑶国家には適切なマクロ経済政策によって、突然のショックや不測の出来事のバッファーを果たすという役割がある(そういう非常時には国はゼロ税率金利や国債の購入といった異例の金融政策を採用したり、国民を貧困から救い、事業を継続させるための巨額の財政支出をすべきである)。

〇国家が、一般人に対する保育を充実したり、学生のローンの負担を減らせば、それらは結局はより高い経済成長をもたらすことになる。

〇現行の独占禁止政策は巨大企業が中小企業との競争を阻害していないかどうかチェックすることを基本に組み立てられているが、不十分である。現状では、個人や中小企業は大企業の価格設定に関して何らの影響力も持ちえない。超巨大企業は分割されるべきである。このことは党派を超えてアメリカ国民の大部分が支持している。

〇われわれは資本主義が問題だと主張しているのではなく、これまで40年の資本主義が問題だと言っているのである。アメリカの経済に国家が適切に関与すれば、われわれはより多くの人々に安定的な繁栄をもたらすことができる。

政府は政策の立案者ではない

見事なバイデン大統領の政策哲学のサマリーである。筆者は”Economic Security  Project”の共同議長であり、”Roosevelt Institute”の顧問とされているが、民主党系シンク・タンクの重鎮のようである。われわれは、この記事によって多くのことを知ることができる。

その第1は、実施されようとしているバイデン大統領の新しい経済政策は、取り巻きの人の思いつきや世の中に主張されている各種意見の集約ではなく、考え抜かれた極めて質の高い政策であるということである。近年のアメリカ経済の変化を観察し、この40年間の同国の政策を再点検し、変化後の米国経済の成長の為に望ましい経済政策を一定の原理に従って、具体化しようというものであることがわかる。

その第2は、アメリカの政策が、わが国や世界の大部分の国とは異なり、政府によって立案されているわけではないということである。経済政策を含めアメリカの政策は、国内の多くの関係者によって、恐らく数多く存在する民間のシンク・タンクを中心に、検討され作成されている。この国の政府は知恵袋ではなく、権力を握った者がその主張する政策を実施するための組織に過ぎないのではないかということになる。

この第2の点は、われわれにとって大変重要なことを示唆している。

その一つは、政府が政策立案当局でないということであれば、アメリカ政府を相手に政策論争をしてもあまり意味がないということになる。同国の政策に働きかける場合、その政策を動かしている民間のシンク・タンク、専門の学者など、政府以外の人々を相手にしなければならないのではないだろうかということである。

その二は、わが国の行政の仕組みについて、アメリカを手本にするのは慎重であるべきではないかということである。わが国をはじめ、世界の大部分の国にとって政府とは政策の実施機関であるが、それ以上に国の知恵袋であり、最も重要なシンク・タンクである。そういう世界の大部分の国にとって、政府は単なる政策の実施機関であるというアメリカをモデルに国の行政の仕組みを考えるとどういうことになるか、結果は明らかであるように思う。

【久保田勇夫(くぼた・いさお)】 昭和17年生まれ。福岡県立修猷館高校、東京大法学部卒。オックスフォード大経済学修士。大蔵省(現財務省)に入省。国際金融局次長、関税局長、国土事務次官、都市基盤整備公団副総裁、ローン・スター・ジャパン・アクイジッションズ会長などを経て、平成18年6月に西日本シティ銀行頭取に就任。26年6月から令和3年6月まで会長。平成28年10月から西日本フィナンシャルホールディングズ会長。


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