東京五輪・パラリンピックの最高位スポンサーを務めるトヨタ自動車が、五輪に関するテレビCMを国内では放送しないことに踏み切った。新型コロナウイルス感染拡大下での開催に反発する声に配慮したもので、会員制交流サイト(SNS)上では「英断」「さすが世界のTOYOTA」といった好意的な書き込みが相次ぐ。大会組織委員会発足当時、政権側が組織委会長の大本命に考えていたのが実は同社の豊田章男社長だった。実現していれば大会運営をめぐる今日の迷走はなかったかもしれない。

「組織委会長は(政治的に)中立の財界からがいい」
平成25年9月にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京五輪招致を勝ち取った安倍晋三政権幹部は同年12月、新たに発足させる組織委の会長人事についてこう漏らした。当時、筆者は政治部デスクとして首相官邸周辺を取材。この幹部は、大会招致委員会の幹部を通じてトヨタ側に章男氏の組織委会長への就任を打診したが、断られたと明かした。
章男氏は21年に同社社長に就任。トヨタ側は、「社長として地歩を固めるのにあと5年くらいは必要で、今すぐ組織委の長をやることはできない」と断ったという。張富士夫会長(当時)にも体調や自宅がある愛知県を出ての活動が困難なことなどを理由に固辞された。その後も他の財界人に断られ続け、結局、26年1月に招致委員会の評議会議長を務めた森喜朗元首相が会長に就くことで決着する。
さすがに新型コロナウイルス感染症の大流行までは予想できなかったとはいえ、政権側が本命視していた章男氏が会長を引き受けていたら状況は大きく変わっていたに違いない。
組織委は五輪開幕まで1カ月に迫った6月23日、大会会場でのアルコール飲料の販売をやめ、飲酒を禁止する観戦者向けのガイドラインを発表。当初はアサヒビールが国内最高位スポンサーとして供給権を持っていることを踏まえ、時間帯の制限など感染対策との両立を条件に酒類販売を認める方向で最終調整していたが、世論の厳しい批判にさらされ、断念した。
最も被害を受けたのが高額のスポンサー料を払った上でかえって企業イメージを毀損(きそん)する結果となったアサヒビールだ。インターネット上ではアサヒ側が会場で酒類を売りたがっているなどとする根拠のない情報が拡大。ツイッターでは「アサヒビール不買運動」のハッシュタグ(検索目印)が飛び交い、最後はアサヒ側が組織委に対し、会場での酒類提供見送りを提言して事態を収束させるしかなかった。企業の立場を熟知するトヨタが組織委トップを務めていれば、こうした迷走は防げたはずだ。
SNS上には五輪CMの放送見送りや社長ら幹部の開会式欠席を決めたトヨタの対応について「国民の気持ちが分かっている」「危機管理力が強い」といった評価の声があふれる。一方で、「たたかれるのが嫌でCMを放送しないだけ」「資本力のある大企業だからこそできる企業アピール」などの否定的な意見もみられる。
26年1月の発足時に幻に終わった章男氏の組織委会長就任だが、その後もチャンスがなかったわけではない。章男氏は組織委発足直後に5人いる副会長の1人に就任。27年3月には森氏が「本当の会長は豊田さん。もしも私に何かあったら、きっと代わりに務めてくれる」と発言している。
だが、章男氏は同年12月、逆に副会長を突如として辞任。後任にはパナソニックの津賀一宏社長(当時。現在は同社会長)が就き、現在に至っている。
そもそも今回、トヨタが異例の対応に出た背景には、大会運営などをめぐるIOCや組織委など、主催者側への強い不信感があったとされる。関係者によると、大会延期や無観客開催に至った経緯について、主催者側から十分な説明や相談がなく、上層部からは「全ての決断が遅い。情報を報道で知ることも多かった。スポンサーって何なんだ」という不満の声も上がっていたという。
そんなトヨタが積極的に関わる形で新型コロナ後の大会運営に当たっていたら、企業を含め日本が国際社会でここまでイメージを毀損することはなかったのではと悔やまれてならない。
(経済部 赤地真志帆)