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【書評】『万事快調 <オール・グリーンズ>』波木銅(なみき・どう)著 笑いのセンス、文体に力

『万事快調』は松本清張賞を受賞した青春小説だ。田舎の工業高校に通う3人の少女が学校の屋上で大麻を育てるという強烈な引きのある設定で、著者は21歳と若いが、どこかノスタルジックな空気が漂う。例えばタイトルは作中に出てくるゴダールの映画の他にも1990年代に流行したピチカート・ファイヴの名曲を彷彿(ほうふつ)とさせる。3人組の中心人物は「朴秀実(ぼく・ひでみ)」。山田詠美の『ぼくは勉強ができない』を想起する名前だ。「朴」という名字にしたおかげで、三人称なのに一人称のような語りになるところが面白い。

万事快調<オール・グリーンズ>
万事快調<オール・グリーンズ>

『ぼくは勉強ができない』の秀実くんと違って、朴は恋愛には興味がない。SF小説とヒップホップが好きで「ニューロマンサー」という名前で村のフリースタイルラップグループに参加している。食事のマナーに無頓着な両親と不登校の弟がいる家も、男社会である学校も、朴にとっては居心地が悪い。そんな朴がひょんなことから大麻の種を手に入れ、クラスメートの岩隈真子と矢口美流紅(みるく)と一緒に栽培することになるが…。

展開は荒っぽく、ご都合主義な部分もあるが、最後まで一気に読まされてしまうのは、文体に力があるからだ。とりわけ笑いのセンスが光る。例えば、岩隈が中学時代の後輩にメルカリで買ったマチェーテ(!)をしばらく預かってほしいと頼まれる場面。弱々しい後輩と物騒な刃物の取り合わせのギャップ、2人の漫才めいたやりとりが楽しい。陸上部の選手で男子の集団にもうまく溶け込むことができる矢口が、上から目線で知識をひけらかしてくる先輩をやりこめるくだりも痛快。

毒のあるユーモアの背景には、家庭内暴力、セクハラなどの社会問題が垣間見える。朴と岩隈と矢口には希望が持てない閉鎖的な環境で、文化を支えにしているという共通点がある。

朴は本と音楽、岩隈は漫画、矢口は映画に触れているときだけ自由になれる。そういう若者はいつの時代もいるから、本書を読んで懐かしさを感じたのだろう。著者自身も、読んだり観(み)たり聞いたりしてきた作品に救われたのかもしれない。粗削りではあるが未知数の才能が、これからどこへ向かうのか。この先を見届けたくなる一冊だ。(文芸春秋・1540円)

評・石井千湖(書評家)


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