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【書評】『彼岸花が咲く島』李琴峰著 混成社会を主体的に生きる

幕あけは居心地のわるい混乱に満ちている。おそらくは南方の、とある美しい〈島〉に傷だらけの少女が漂着する。どうやら記憶を失っているらしい。「なんでわたしはここにいるの?」。戸惑う少女に、地元の娘・游娜(ヨナ)が勢いよく答える。「リー、海の向こうより来(ライ)したダー!」――微妙に重ならない言葉の応酬に、少女と一緒に私たち読者も困惑させられる。

とはいえ、もどかしい読書は一瞬だ。〈島〉には游娜たちが普段使う「ニホン語」と、女たちだけに許された「女語(じょご)」の2つの言語が存在し、ほどなくして少女は游娜と意思疎通ができるように。なぜなら少女の話す「ひのもとことば」と「女語」は文法的にほぼ同じなのだ。

勘の良い読者なら、作中の言葉をめぐる混乱が、この国の行く末を転写したものであることにすぐ気づくだろう。それだけではない。例えば〈島〉の子供たちは血縁とは無関係に「オヤ」と呼ばれる大人たちに養育される。混成文化に基づくユートピアの図は、そこに折り畳まれている課題も含めて現行の社会システムを痛烈に炙(あぶ)り出す。

冒頭の情景は象徴的だ。咲き乱れる彼岸花に囲まれた状態で倒れている少女の姿を初めて目にした游娜には、あたかも彼女が炎の触手に「炙られている」ようにも「守られている」ようにも映る。真逆の意味のようでいて、その二つは実はとても近い。いずれにせよ、それは受動的で従属的な姿なのだ。行為の主体を担う立場からは弾(はじ)き出されている。そんな〈少女〉こと宇実(ウミ)が、游娜たちと寝食を共にし、働き、笑いかわすようになるうちに変容していく。彼女は恐れつつも歴史を編む側に立つことを―つまりは自らが生きる世界を自らで担うことを選択するのだ。

作者の李琴峰は台湾出身。前作『星月夜』ではウイグル問題に果敢に切り込んだ。表題に込めたのは、依存することも従属することもなく、それぞれがそれぞれの光を奪われずに生きられる未来に向けた祈りだろう。

芥川賞受賞作となった今作の語り手は祈らない。代わりに鮮やかなビジョンを突きつけ、私たちが考え続けることを促す。(文芸春秋・1925円)

評・倉本さおり(書評家)


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