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【ビブリオエッセー】人生の航路を照らす名文 「こころの旅」神谷美恵子(みすず書房、日本評論社)

あらゆる生き物の中でおそらく、自ら「生きている」と自覚を持っているのは人間だけだろう。その人間ですら生まれ落ちた時の記憶はなく、また息を引き取る間際も薄れゆく意識の中で終えるだろう。

冒頭で著者は「人生とは生きる本人にとって何よりもまずこころの旅なのである」と書く。そんな「旅」を「人生への出発」から「旅の終り」まで、精神科医である著者がたどった文章を集めたのが本書である。

「人間らしさ」やことば、社会性などを獲得していく幼児期は反抗しながら自律性が育っていく時期だという。思春期から青年期、壮年期から老年期まで、本書はこころの発達の諸相を生物学や社会学、文化人類学などにも言及しながら柔軟な姿勢で解説していく。

かなり古い本だが現代も響く言葉が少なくない。著者は6歳から11歳ごろまでの学齢期を「ホモ・ディスケンス(学ぶ人)」と名づけた。退屈とは無縁な学ぶたのしみ、考えるたのしみがあふれる安定した時期だと記し、あそびの大切さ、知育偏重への懸念を強調する。

テレビのドキュメンタリー番組で著者のことを知って以来、その著作に親しんできた。瀬戸内海の島でハンセン病患者に寄り添った後半生はよく知られているが文学に造詣が深く詩作も試みた著者の、端正で余分なもののない豊かな文体が心地よく語りかけてくれる。

本書はいま子育て中で子供の人格がどう形成されてゆくかを見守る親たちや青年時代の葛藤を穏やかに振り返る人たち、働き盛り、あるいは老境にあって自らを顧みる人たちにも読んでいただきたい。私にとってはこれからも、人生の折々にひもとくだろう大切な一冊だ。

長崎県佐々町 田中龍太(30)

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