ビブリオエッセー

    投げかけられた問いの重さ 「砂漠の影絵」石井光太(光文社文庫)

    2004年、イラクの都市ファルージャ。この小説はイラク戦争の日本人人質事件をもとに描かれている。イラク聖戦旅団を名乗るイスラム過激派組織の頭領アリら幹部と、拉致され、人質になった5人の日本人、双方の視点を中心に息をのむ物語が展開する。

    5人はイラクに商用で来た大手商社マンやNGOの女性看護師、外務省の書記官ら。聖戦旅団は反米を掲げて連合国側の日本へ自衛隊の撤退を求める。人質の映像を見せて処刑の期限を宣告するのだ。大騒ぎになった日本。政府、企業の対応は。ここでは商社マンの友人を救おうと奔走する女性記者に焦点を当てた。

    すべて架空の人物だが、著者はアリをパレスチナ難民の子としてレバノンに生まれた孤児と設定している。実際にあった難民への虐殺事件で家族を奪われた少年が異教徒や米国への憎悪を募らせ、イラクで過激派組織を結成する。暴力やテロは許されないが、この小説はそれぞれの「正義」を浮き上がらせる。

    中東事情はもつれた糸のように複雑だ。ただ「なぜそうするに至ったか」を原点に戻って考えることだと痛感した。この物語の発端には2001年9月の米同時多発テロがある。

    読み始めてまもなく、アフガニスタンでタリバンによる政権掌握という大きな動きがあって驚いた。バーミヤンの石仏が破壊された衝撃の映像が記憶に残っている。女性への虐待など極端なイスラム原理主義による統治に戻るなら、ただただ恐ろしい。日本はどうするのか。

    この小説は極限状態に置かれた人間たちの織りなすドラマだ。遠い夢かもしれないが各国が過去を冷静に見つめ直し、この地に平和を生み出す努力だけは続けなければならない。

    大阪市住之江区 零(レイ)

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