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【書評】『源氏の白旗(しらはた) 落人たちの戦』武内涼著 日本人の情操呼び覚ます

〝落人(おちうど)たちの戦〟のサブタイトルがついた本書は、源平合戦の中で敗北を喫した者、あるいはこと志とは違った生を送らざるを得なかった人々を描いた一巻である。

『源氏の白旗 落人たちの戦』
『源氏の白旗 落人たちの戦』

例えば、巻末の静御前と源義経を描いた「しずのおだまき」に本書のテーマは義経の口を借りて明確に述べられている。

すなわち、「人は逃げるわしを無様(ぶざま)と笑うだろうか? 愚かと言うだろうか? 他の生き方もあったと…。いや、わしはまたもう一度生きよと言われても同じ生き方をするだろう」。そして義経は、なぜなら自分は戦いから逃げているのではなく抗(あらが)うために逃げているからだと己の誇りとともに思う。

この信念を貫いた上での敗北は決して敗北に非(あら)ずという主張は、新型コロナウイルス禍で閉塞(へいそく)的な生や理不尽な暮らしを送らねばならない私たちを心強く鼓舞するテーマといえよう。

が、本書の特色はそれだけではない。静御前と源義経を描くのに、静の舞を連想させる〝しずのおだまき〟を題名にしたところに一つのたくらみがある。古くは『伊勢物語』の古歌を踏まえた日本人の〝遠い記憶〟から、比較的新しいものでは明治時代の長唄までによって、私たちはこの静御前の思いを胸に喚起することになるのである。

本書では、古典でいえば『平家物語』や『保元物語』『平治物語』など、そして唄では前述の古歌など、平家の敗北や逃亡に関するものの哀れといったものが、日本人の情操とどのように関わってきたかを小説のかたちで考察している点に破格の面白さがあるといえるのではあるまいか。

そして、善し悪(あ)しは別として、本書を読んでいると、今日、私たちが歴史小説を読む場合、どれだけ武家の価値観、その論理や道徳といったものが作品評価の基本軸となり得ているかが分かるといえるだろう。

東国武士の意地を胸に雪の中を奔(はし)る源義朝一行、三人の子を救うために清盛の側女となった常盤御前、河内源氏と摂津源氏の対立から見える源氏の老将の思い、木曽義仲と巴御前を巻き込む戦の行方等々…。

今まで幾度となく描かれてきた源平合戦は本書によって全く新しい物語となるだろう。(実業之日本社・1870円)

評・縄田一男(文芸評論家)


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