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【THE古墳】仁徳天皇陵の濠の水抜けるか

世界遺産にふさわしい堂々とした姿をみせる仁徳天皇陵古墳。しかし、墳丘は古代以来の巨大地震とみられる地滑りで崩壊し、周濠(しゅうごう)の水による浸食も進み、まさに〝満身創痍(そうい)〟。宮内庁は浸食対策に墳丘の護岸工事を計画し、今秋にも墳丘を囲む堤(つつみ)を平成30年以来、3年ぶりに発掘する。護岸工事の時期は未定だが、ハードルになりそうなのが周濠の大量の水。水を抜くのも至難の業で、再びためるには雨水しかなく、干上がって景観が一変するとの見方も。人類共通の歴史遺産をいかに後世に伝えていくか。保全整備は世界が注視する。

墳丘保全へ意外なハードル

満々と水をたたえた周濠に、カギ穴形の墳丘が浮かぶ独特の姿は、教科書でもおなじみだ。国内最大の前方後円墳の整備事業は、この水を抜かなければ着手できない。宮内庁は「一気にすべての水を抜く必要はないだろう。護岸工事は他の陵墓での経験もある」とするが、地元では不安ももれる。

「水はあなどれない。周濠の底には大量のヘドロがたまっており、発掘調査や工事は大変な作業になるだろう。さらに水を抜いた状態が長期間続くと、ヘドロの悪臭も心配される」

堺市の複数の関係者は周濠の水が意外な難点だと指摘する。古墳の水は、中世ごろから農業の灌漑(かんがい)用水として使われてきたとされる。一帯には大きな川がないため、農家にとって貴重な水源だった。古墳西側には樋門が設けられ、戦後まで使われていたようだ。

しかし、住宅開発で田畑が減少して灌漑用水の役割を終えると、樋門も使われなくなった。墳丘整備にあたって水を抜くとなれば、樋門の利用も考えられるが、「老朽化もあり、果たして機能するかどうか」と市関係者は懸念する。

水は25メートルプール700杯分

宮内庁は平成28年、将来的に護岸工事で水を抜くことも想定し、周濠の底の地形などをレーザーや音波で測量。その結果、水深は2~4メートルで、水の量は34万立方メートル、平均的な25メートルプール(幅13メートル、深さ1・5メートル)で700杯分に相当することが分かった。

同庁の徳田誠志・陵墓調査官は、護岸工事の時期や方法は未定としながらも、「周濠の水については、調査や工事の範囲を区切って、その部分だけ抜く方法もある」と説明。大きな土囊(どのう)を堤のように積んで区画することなどが考えられそうだ。ただし、周濠は幅が最大100メートル以上あり、水が漏れないような頑丈な堤を、遺構を傷つけずに築くのは容易ではない。

墳丘の護岸工事は数十年先との見方もあり、同庁は今後の調査結果をもとに具体的な方法を詰めていくとしている。

護岸工事が終わっても、難題が待ち受ける。いったん抜いた水をいかにためるか。かつて農業用水として使っていたころは、水が足らなくなると約9キロ南東にある巨大なため池「狭山池」から用水路で引いたこともあったが、今は機能も失われ雨水だけが頼りだ。

堺市の関係者は「いったん水を抜くと、たまるのに相当な年数がかかるはず。満々と水をたたえた姿に戻るだろうか」と話した。

陵墓だからこそ守られた

水の処理など難作業が予想されるなか、宮内庁があえて事業を進めるのは、約1600年前に築かれた皇室の祖先の墓であり、貴重な歴史遺産を数百年、千年先まで残すためだ。

大都市圏の中心部にある仁徳天皇陵古墳を含めた百舌鳥(もず)古墳群は、戦後復興や高度経済成長に伴う開発で破壊の危機に見舞われ、消滅した古墳も多い。

しかし、宮内庁によって厳重に管理された陵墓は開発から免れた。白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館名誉館長(考古学)は「大阪に隣接した堺の古墳は、戦後の開発で多くが破壊されたが、陵墓は墳丘だけでなく周濠も堤も良好に保たれている。宮内庁の管理下になかったら、巨大古墳もどうなっていたか分からない」と話す。

一方で、「陵墓として厳重に立ち入りを禁じたことで、人の目が届きにくくなったのも事実」と指摘するのは、大阪大大学院の福永伸哉教授(考古学)。「古墳に生い茂る木々は伸び放題で、虫害もあって木も弱っている」と問題視する。平成30年の台風21号では倒木が相次ぎ、倒れた木の根によって墳丘の土が掘り起こされて円筒埴輪(はにわ)がむき出しになる事態となった。福永さんは「古墳保存には災害対策の視点も必要」という。

宮内庁の徳田さんは陵墓の木々について「巡回の際に危険な木があれば、状況を見て伐採している」とし、「皇室のご祖先のお墓を後世に伝えるべく、陵墓の適切な保全管理に努めていく」と説明する。しかし、数多い陵墓を限られた人員できめ細かく管理するには限界がある。

世界遺産を機に保全策議論を

令和元年に世界遺産登録された古墳群の保全と継承は、世界に向けた公約ともいえる。同年5月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関イコモスは登録勧告に際して「地域住民が保存や管理に主体的に参画できるようにする」ことなどを促した。

ただし、登録から2年を経て、陵墓の保全に地元が直接関わることが難しい状況は変わらない。堺市世界遺産課の十河良和課長は「陵墓は堺市内にあっても国が管理しているので、できることは限られている。将来にわたる保全に向けて何ができるか、宮内庁と情報共有しながら考えていきたい」と話す。

仁徳天皇陵古墳については、市民ボランティアが「まもり隊」として、古墳周辺の草刈りや清掃を続けているが、古墳の中には入れない。

「墳丘は、周濠や堤に隠れて山のようにしか見えず、中にはいっさい入れない。これで人類共通の歴史遺産として国民や世界の関心と理解を得ることができるだろうか」。福永さんは立ち入り厳禁の現状に疑問を示す。

「年に数回でいいので、一般の人が儀礼を損なわない形で人数を制限してでも入って見学できるようにならないか。先人が築いた古墳を間近に見ることで歴史的重要性が実感でき、文化遺産の継承につながっていく」と話す。

皇室の祖先をまつる神聖な場であり、古墳という文化財でもある陵墓をいかに伝えていくか。昭和から平成、令和へと時代が移り変わり、世界遺産登録を機に腰を据えて議論する時期にきている。(小畑三秋)


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