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カップヌードル50年 今も超えられぬ完成度の高さ

日清食品のカップ麺「カップヌードル」が18日で発売から50年を迎える。創業者の故・安藤百福(ももふく)氏が、海外進出をかけて赴いた米国での発見が生んだ世界初のカップ麺。今年、世界累計販売500億食を達成した。国境や時代を越え、トップブランドとして愛され続けている。

日清食品の「カップヌードル」
日清食品の「カップヌードル」

「カップヌードルは進化し続ける。時代と共に時代の要望に沿って進化し、地球上に最後に残る食品はカップヌードルだと思っている」

日清食品ホールディングスの安藤宏基社長は8月、オンラインでの記者会見でこう力を込めた。

今や販売先は世界約100カ国に広がる。売り上げ上位を占める定番のしょうゆ、シーフード、カレー味を始め、これまで国内200種類以上、海外で120種類以上を販売。健康志向をとらえた低カロリー・糖質や高級タイプなど時代のニーズにも対応してきた。

今月13日からはカレーやシーフードなど定番8品の中から2品ずつの味を組み合わせた「カップヌードル スーパー合体」シリーズを発売。会員制交流サイト(SNS)上で人気の食べ方を取り入れたファンとの「コラボ商品」で、食卓にすっかり定着した。

商品の誕生は、百福氏が開発した袋麺「チキンラーメン」を海外で本格展開しようと欧米へ視察旅行したのがきっかけ。米国のスーパーで、現地バイヤーがチキンラーメンを紙コップに割り入れ、湯を注いでフォークで食べていた姿がヒントになった。

当初は販売面で苦戦した。当時一般的な袋麺が一食25円だったのに対し100円という高価格。高級食品として昭和46年9月、東京・新宿の伊勢丹百貨店(当時)で売り出したが、反応は今ひとつだった。

売り込み先として着目したのが、警察署や消防署。夜勤が多い職場では、湯を注ぐだけで3分で食べられるカップ麵が武器になるとの考えだった。

大規模なプロモーションも仕掛ける。46年11月、若者でにぎわう東京・銀座の歩行者天国で行った試食販売だ。予想を超える反響となり多い日は1日2万食を販売した。そして、意外な出来事も知名度を上げる。47年2月の「あさま山荘事件」。現場で機動隊員の食べる姿が全国にテレビ放送されると話題を呼び、商品が浸透していった。

開発でこだわったのは容器だ。百福氏自ら持ちやすさを何度も確かめ、片手で持てる大きさのカップ、素材は手に熱さが伝わりにくい発泡スチロールにした。

環境問題にも対応し、平成20年には発泡スチロールから紙製に変更。今年6月には容器のフタを押さえるプラスチック製の「フタ止めシール」を廃止した。プラスチック原料を年間33トン削減できるという。

50年間で部材の改良や味の種類は増えているが「容器の基本設計、定番のしょうゆ味は発売時から同じ」(広報)と業界でもまれな商品だ。百福氏のひらめき、工夫と知恵が詰め込まれたカップヌードル。その高い完成度は、新商品開発に取り組む日清食品社員にとって永遠のライバルとなっている。(田村慶子)


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