書評

    『名画のドレス 拡大でみる60の服飾小事典』内村理奈著細部から伝わる貴族の地位

    なんと美しい本だろう。本書を手にした第一印象でそう思った。西洋絵画が好きで、ドレスに興味があるなら、この本は見逃せない。フランスを中心としたロココから印象派までの名画60枚を選び出し、60項目の服飾用語について解説している。

    『名画のドレス 拡大でみる60の服飾小事典』
    『名画のドレス 拡大でみる60の服飾小事典』

    本書のカバーに用いられているのは、ロココ絵画の巨匠フランソワ・ブーシェが1756年に描いたルイ15世の愛妾(あいしょう)「ポンパドゥール夫人」。本文の中では「梯子(はしご)」を意味するフランス語の「エシェル」という項目で登場する。まるで耳なじみのない言葉だが、このドレスで最も目を惹(ひ)きつけるのは胸元から細いウエストまでを贅沢(ぜいたく)に飾る薔薇(ばら)色のリボンだろう。コルセットの前部をおおう逆三角形の胸当てに梯子段のようにびっしりと重ねづけされたリボン装飾を、17世紀終わりから18世紀の貴族女性たちは「梯子」と呼んでいたという。

    さらにドレスを注意深く見ると、袖と首のリボンにも目が留まる。「おそらくは表からは見えない膝に結んでいる靴下留めのリボン飾りと、すべて同じ色にしてコーディネートしていたはずである」と著者はポンパドゥール夫人の秘めたおしゃれ心まで暴いてみせてくれる。

    解説される項目はドレスの種類というよりは、当時の貴族の服装を構成するパーツである。産地の異なるさまざまなレースや織物、羽根飾り、コルセット、ネグリジェ、日傘、かつら、旅行カバンというように、実に多岐にわたる。つけぼくろの位置は何を語るのか、扇子を扱う意味は何かなど、興味はつきない。

    そして、ここが本書の秀逸なところなのだが、項目ごとに絵画の全体像を眺めながら解説を読んでページを繰ると、ちょうどもっとよく見たいと思う部分の拡大図が期待以上の大きさで目に迫ってくる。袖口を飾るレースの繊細な柄やドレスの織物の質感に息をのむ思いがする。

    写真が一般化していなかった時代、ヨーロッパの王侯貴族が肖像画を描いてもらうことにかける意気込みが、時を経て名画の細部から伝わり、その人の社会的地位や性格までも表現される。「服飾史を知ると、絵画を見るのが面白くなりますよ」という著者のメッセージが雄弁に語られている。(平凡社・3520円)

    評・青木奈緒(文筆家)


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