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【書評】『漢字とは何か 日本とモンゴルから見る』 話し言葉と文字にギャップ

私がモンゴル帝国史研究を志してまだ間もない頃、一世代上の研究者の方からの「岡田さんは天才だからね」という言葉が耳に残っている。そして今もなお、その言葉を実感することができる。かつて「日本に世界史無し」と看破し、モンゴル帝国からの世界史を構想した岡田英弘。本書は、「シナ文明の本質」たる漢字・都市・皇帝の筆頭である、漢字についての議論を『岡田英弘著作集』から抜き出したものである。

通時代的に中国においては、漢字を知っているひと握りのエリートだけが「読書人」たる、本当の漢人であった。ただし、漢字は表意文字である。日本の仮名のように漢字を〈読む〉ための文字を生み出さなかった中国においては、「読書人」たちにとってすら、自分が話す通りに書くことはおよそ不可能であった。彼らは儒教の経典や古人の詩文を丸暗記することで、そこから文体を汲(く)み出していたのである。革命後の中国においては、『毛沢東選集』がそれに代わった。漢字の表意文字としての性質は、多様に〈話す〉人々の間でのコミュニケーション手段としては最適であって、それゆえにこそ広大・巨大な中国文明は維持され得た。しかしその半面、書き言葉と話し言葉との絶望的なまでのギャップは、中国人の自由な自己表現を妨げてきたと語られる。彼らは誰でも自由に自己を表現できる外国語を学んだとき、初めて中国語の欲求不満から解放されることになった。

近代中国においてその解放者は、漢字を用いつつもそれと仮名との併用でもって言葉と文字とのギャップを埋め、西洋語に範を取ってその文体・語彙を刷新していた日本語であった。日本留学生の一人であった魯迅がその先駆となった白話文は中国語の日本語化の極致と表現される。中国の外側からの漢字論の鋭さに圧倒される一方、天才も時代の子であるとも思わされる。ここに収録された論考の多くが1980年代までに書かれている。90年代以後、『中国化する日本』(與那覇潤)に直面する〈いま〉を生きるわれわれは、岡田の見た〈未来〉との絶望的なまでのギャップのなかで、この「文字の国」をいかに表現すればよいだろう。(岡田英弘著、宮脇淳子編/藤原書店・3520円)

評・諫早庸一(北海道大助教)


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