本書が始まって少し経(た)ってから、これは自分が幼い頃に体験した出来事を綴(つづ)った物語だ、と作者らしき人物の記述がいきなり登場する。その後もこの人物は、物語の合間で当時の感情を述べるなど、おりにふれて顔を覗(のぞ)かせる。だが、読んでいて、どうにも奇妙な違和感がつきまとって離れない。
なんと言ったらいいのか、どこかおかしなところがあるのだが、その正体がどうしても摑(つか)めないのだ。そんな不安定で不思議な感覚、実はこれこそが本書の作者が巧妙に仕掛けた罠(わな)だった。ではあるのだが、これ以上は何をどう書いてもネタバレになってしまうおそれがある。
物語は、ニュータウンに引っ越してきた新興宗教にハマっている信者の子供を救おうと、11歳の少女を中心に、同級生や町の大人たちが立ち上がるまでの顚末(てんまつ)が描かれる。
これが全体のおよそ半分ほどを占める。ところが、驚くことにひとつの物語が終わって、ここからが本当の物語の始まりとなるのだった。舞台は同じニュータウン。ただし、前半部分の事件からは随分と時間が過ぎている。
東京ローカルのテレビ局に勤める矢口弘也は、とある個人的な事情から「大地の民」というカルト宗教を取材しようとしていた。そんな彼に、ある日ひとりの男が接触してくる。自分は大地の民を脱会した人間だ。教団を取材したいのなら、自分を利用してくれというのだ。男の協力を得て、やがて矢口は大地の民の本拠である光明が丘ニュータウンに乗り込んでいく。
しかしそこで彼が見たのは、容易には信じられないような現象と出来事の数々だった。と同時に、それまで感じていた疑問のいくつかも、はらりはらりと一枚ずつ解けていく。このあたりの展開には思わず舌を巻く。
ミステリーとしての伏線を回収していくという芸当だ。
宗教は民衆の阿片(あへん)である、と言ったのはマルクスだったが、確かに使いようによっては社会の害悪にもなるし、痛みを和らげる薬にもなる。ここに描かれるのは、カルト宗教によって心を壊された人間のありようだ。
その模様を鮮烈に描いた本書はまさにホラーとサスペンスの見事なる融合作といえようか。(文芸春秋・1870円)
評・関口苑生(書評家)































