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両国、尾車、照ノ富士 ルーツはみんな鳥取だった

大相撲秋場所で優勝した新横綱の照ノ富士をはじめ、ゆかりの関取6人を輩出している鳥取県は、江戸時代から相撲が盛んな地だった。鳥取市内には現代に名を残す力士塚が点在し、相撲の祖とされる野見宿禰(のみのすくね)を祭神とする神社もある。この歴史に着目し、10年ほど前から「相撲文化」を研究してきた県スポーツ協会名誉会長で鳥取大学名誉教授の油野利博さん(76)が市内の名所を網羅した「相撲ゆかりの地MAP」を作成。ファンを呼び込む相撲観光に一役と夢を描いている。

相撲の祖とされる野見宿禰を祭る「大野見宿禰命神社」
相撲の祖とされる野見宿禰を祭る「大野見宿禰命神社」
油野利博さんが製作した「相撲ゆかりの地MAP」
油野利博さんが製作した「相撲ゆかりの地MAP」

鳥取城下に佐渡ケ嶽屋敷

両国梶之助、尾車文五郎、佐渡ケ嶽屋敷-。マップには、大相撲ファンなら誰もが知る「ビッグネーム」が並ぶ。

「因幡(鳥取県東部)・伯耆(ほうき)(同県西部)両国でその強さにかなうものがなかったことから名を与えられた」

こう説明されているのが両国梶之助。同名の力士は大相撲史上何人か出ているが、江戸時代の元禄年間(1688~1704年)に活躍した初代だ。鳥取市宝木(ほうぎ)出身の鳥取藩お抱え力士で、上方相撲で最高位の大関まで出世した。

尾車部屋を創設した尾車文五郎は、勝山芳蔵のしこ名で江戸後期から明治にかけて人気を博した。日本一広い池として知られる湖山(こやま)池にほど近い鳥取市西部の湖山地区に「東京相撲初代」などと刻印された塚が建つ。

鳥取城下にあった佐渡ケ嶽屋敷は、江戸後期の文化15(1818)年に4代目となる佐渡ケ嶽の年寄名跡を襲名した佐渡ケ嶽沢右衛門の住居。このころの城下の様子を伝える「化政厳秘録」には「毎々花角力を興行せり。他邦の力士等多く来居候ゆえ也」と記され、この屋敷で頻繁に興行が行われたとしている。

佐渡ケ嶽沢右衛門の現役時代のしこ名は桟(かけは)シ初五郎だった。鳥取藩では江戸時代、桟シ初五郎のほか荒岩亀之助や真鶴政吉といったしこ名の力士を抱えており、桟シは2人、荒岩は4人、真鶴は8人が名乗っていたことが、油野さんの調査で判明している。

マップではこのほか、姫路藩のお抱え力士で文化文政年間(1804~30年)に活躍した鳥取市青谷町出身の高砂浦右衛門や、大相撲と地方相撲で名をはせた力士の塚、市内の相撲屋敷などを紹介。さらに、現在の兵庫県たつの市あたりで没した野見宿禰の分骨を納めたとされる「大野見宿禰命神社」について、「鳥取巡業時、大相撲で活躍の力士がこの地を訪れている」などと紹介している。

マップ作者は陸上が専門

マップを作成した油野さんは運動方法学が専門で、鳥取大教育学部で教えた。高校時代から陸上に打ち込み、進学した東京教育大(現筑波大)では箱根駅伝に出場し、最終10区を走った経歴をもつ。鳥取大では陸上競技部部長を務め、バルセロナ五輪女子マラソン4位の山下佐知子さんを指導、鳥取市陸上競技協会会長も務めた。

その油野さんが、畑違いの相撲を研究するようになったのは自身が相撲の盛んな石川県出身で、子供のころから相撲に親しんでいたため。「鳥取城北高校校長の石浦外喜義(ときよし)さんとは同郷で、マップもその縁で作った」という。

石浦さんは、同校を全国トップクラスの相撲強豪校に育て上げた指導者。照ノ富士や逸ノ城といったモンゴル出身力士や、自身の息子の石浦らを育てて大相撲に送り出し、同校出身の力士は、大関琴光喜ら引退した関取も含めて16人を数える。

日本最古の力士墓も

「鳥取は昔から相撲が盛んな地だった」。油野さんはこの10年以上、鳥取の相撲に関する文献を読み、大相撲や地方相撲ゆかりの力士塚などをフィールドワークで訪ね歩いた。最初に興味をもったのは力士の錦絵や化粧まわしだった。鳥取藩では、ひし形と丸の図形を組み合わせた「角輪(かくわ)(◇〇)紋」のまわしを力士に締めさせたという。

鳥取と相撲のかかわりの歴史は古く、飛鳥時代、文武天皇に采女として仕えた伊福吉部(いふくべ)徳足比売(とこたりひめ)を出した因幡の豪族、伊福(いふく)部(べ)氏は朝廷の年中行事である相撲節会(すまひのせちえ)に相撲人を出場させる一族として知られた。

時代は下って江戸時代の初代鳥取藩主の池田光仲は、力士を高録で召し抱え、城下の相撲屋敷に住まわせた。このお抱えの一人が慶安年間(1648~52年)に活躍した鎌倉十七(としち)で、その墓は元禄11(1698)年に建立された日本最古の力士墓とされる。

油野さんは「力士の墓や塚は集落の入り口に建立した。力士を顕彰するとともに、集落に入ろうとする部外者に『強い人』が出ている場所であることをアピールしたのでは」と語る。

スポーツには「する」だけでなく、「見る」「支える」「知る」側面があると考える油野さんは「相撲は文化」として研究に取り組んできた。その上で、「マップは、相撲を観光振興に生かせないかと私的に手作りしたものだ。将来、活用されたらうれしい」と話した。(松田則章)


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