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【知論考論】中国で勝ち組たたき 人民の喝采狙う「共同富裕」

中国の習近平政権が、貧富の差解消を目指す「共同富裕」の理念を強調し始めた。それに呼応するように、巨大IT企業や芸能人らをターゲットにした〝勝ち組たたき〟ともいえる動きが広がっている。習氏がいま、共同富裕を前面に打ち出す狙いはなにか。中国の社会・経済構造を大きく転換させる分水嶺(ぶんすいれい)となるのか。静岡県立大の諏訪一幸教授と神戸大大学院の梶谷懐教授に聞いた。(聞き手 西見由章)

中国河北省を視察する習近平国家主席(右)。習氏は格差解消に向けて「共同富裕」を掲げている=8月24日(新華社=共同)
中国河北省を視察する習近平国家主席(右)。習氏は格差解消に向けて「共同富裕」を掲げている=8月24日(新華社=共同)

習近平主席、「先富論」の鄧小平超え狙う 諏訪一幸氏

諏訪一幸・静岡県立大教授
諏訪一幸・静岡県立大教授

中国の習近平国家主席(共産党総書記)が念頭に置くのは、党の統治を永久的に続けることだ。習氏が強調し始めた「共同富裕」は、自身が目指す〝強権を基礎とした安定〟を実現するための措置だろう。習氏にとっての安定のキーワードは「人民」であり、一種のポピュリズム(大衆迎合主義)だ。カナダ当局が拘束し保釈していた孟晩舟・華為技術(ファーウェイ)副会長の帰国にあたり、中国政府がわざわざチャーター便を用意したのは、その最たるものだ。

習氏は国内の社会情勢について、基本的に人民は現状に満足し、社会は安定しているとの認識だ。公約通り貧困脱出は実現したと言っている。一方で、問題点も耳に入っているだろう。例えば、以前ほど豊かさを実感できない人たちが増えている。それに、甚だしい格差とその拡大がある。怨嗟(えんさ)の対象は芸能人やIT企業家などの富裕層だ。

来年の第20回党大会で習氏が党総書記に3選されるのはおそらく間違いないだろうが、やはり1年間で何らかの成果をつくりたいと考えているはずだ。2017年の第19回党大会で公言した「全人民の共同富裕」の実現に向けて努力しているというポーズが必要だ。

重要なのは、共同富裕を実現すれば「鄧小平超え」になることだ。鄧は「先に豊かになれる地域や人から豊かになれ」という「先富論」が知られているが、「社会主義の目的は全国人民の共同富裕であり、両極分化ではない」とも言っている。しかし現実は、「先富」だけが先走った状態が江沢民元国家主席時代も胡錦濤(こ・きんとう)前国家主席時代も続いた。習氏は共同富裕への取り組みによって、鄧小平が唱えながら実現できなかったことを自分がやったのだとアピールできる。4選も可能かもしれない。

ただ、共同富裕の問題意識は正しいと思うが、その実現のために現在使おうとしている手段が正しいかは非常に疑問だ。統制強化の対象になっている人々は、基本的には共産党の方針に従って「先富」や豊かさを実現してきた。いわば共産党が育てた人たちが、今回の一連の措置によってはしごを外されたことになる。今さら共同富裕と言われても彼らは当惑するだろうし、社会不安の火種にもなる。いろいろ問題はありながらも力強くエネルギッシュな中国社会の活力をそいでしまいかねない。

学習塾への規制を強化する動きもあるが、少なからず失業者が出ることになり、それは共同富裕に反する。教育の機会均等を考えるのであれば、中国の教育制度自体を変えなければならない。一番問題なのは教員採用試験だ。中国の小中高校は各学校が採用を独自にやっている。日本のように教員の異動がなく、教育の質の平均化ができない。

また共同富裕を、より政府が介入する形で実現するのであれば税制改革は避けて通れない。特に固定資産税と相続税の導入が焦点になるが、いずれも実現は難しい。固定資産税については、複数の家を持っている共産党員も少なくなく、党の存立基盤にメスを入れることになるからだ。

相続税も猛反発を招くだろう。中国人留学生と話をしていて驚くのは、中国には相続という概念がないということ。「豊かになったのは自分も含めて一族全員が頑張ったから」という考え方がある。伝統観念を力で押さえつけるのは不可能だ。

ただ税制に手をつけなければ本当の「共同富裕」など実現できず、表面的なものに終わってしまうだろう。

すわ・かずゆき 静岡県立大国際関係学部教授。昭和33年、山梨県生まれ。主要研究テーマは中国共産党の統治システムや日中関係、一帯一路など。昭和61年から平成16年まで外務省職員として勤務し、北京や上海、台湾などに駐在した。北海道大言語文化部助教授、同大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授などを経て平成20年から現職。

反腐敗の標的を民間に拡大し、行動変容を促す 梶谷懐氏

「共同富裕」が強調され始めた背景のひとつは、コロナ禍で雇用が不安定化し社会の不満が高まっていることだ。中国政府は他の主要国に比べて失業者に手厚い保障を行ってきたわけではなく、何らかの手を打たなければいけなかった。

もう一つの背景が、昨年末ごろから始まったプラットフォーム(巨大IT)企業に対する規制強化だ。強大になりすぎた企業をどう抑えるかという警戒感が高まり、潮目が変わった。こうした企業は非常に大きな利益をため込んでいる。8月に習近平国家主席が主宰した中央財経委員会で、個人や団体が自発的に寄付する「第3次分配」が提起され、その後に企業による寄付が相次いだ。

低所得者に直接分配するのであれば本来は財政を使うのが正道だが、そこを避けて電子商取引最大手のアリババ集団やIT大手テンセントなどに多額の資金を供出させ、貧困対策の基金に使っていくということだ。

一方、こうした統制によってイノベーションが萎縮してしまうのは間違いない。創業間もないスタートアップ企業が収益を上げられるようになると、アリババやテンセントが買収し、さらにサービスの範囲が広がるビジネスモデルがあった。中でもオンライン教育産業は大きな一角を占めていたが、一連のIT企業たたきの中で教育産業が批判され、ビジネスとして成り立たなくなった。いつ政府の方針で頭を押さえられるかわからないとなれば、起業する人は減っていく。

共同富裕によって経済政策が根本的に転換することはないだろう。中国当局がいう「第1次分配」、すなわち資本や労働、土地といった生産手段の分配については、積極的に市場メカニズムを導入して効率化を進めている。5カ年計画でもその方針は堅持された。ただし、生産手段の市場化はネオリベラリズム(新自由主義)の政策に近く、格差が拡大する。平等性を重視するならば市場化に歯止めをかけることが必要だが、その傾向はほとんどみられない。

「第2次分配」は財政を使った再分配だ。この再分配を徹底するならば固定資産税や相続税の導入は不可避だ。特に前者は、以前から不動産バブルを抑えるためにも必要だという議論があるにもかかわらず、本気でやろうとしているようには見えない。いわば、その場しのぎのやり方として第3次分配(寄付)がクローズアップされているのだ。

現在の「共同富裕」は、約10年前に重慶市トップだった薄熙来(はく・きらい)氏の「重慶モデル」に近い。これも資本主義的な成長を根本からやめようとしたわけではなく、一部の民営企業を「不正な手段で富を得た」とつるし上げて資産を没収するやり方だった。

習近平政権にとっては反腐敗闘争が成功体験だ。どういう人を標的にすれば庶民が喝采するのかわかっている。反腐敗で摘発の対象になった人たちの多くは、胡錦濤前国家主席時代に地元経済の成長率が高く、本来有能とされていた幹部たちだ。しかし、反腐敗によってゲームのルールが変わり、上からの指示に忠実な人が出世するようになったという指摘もある。

反腐敗のターゲットは役人だったが、その対象を民間や企業家に向けようとしているのが現在の共同富裕だ。党の指示に忠実であればひどいことはされない。一方、貪欲にもうけようとする行為はアウトになる。それさえきちんと守れば、民営企業でもそこそこの活動は許されるだろう。

一部の人間をひどい目に遭わせると、皆怖がって見せしめになる。仕組みを変えるというよりは、目立っている者をたたき、人々の行動を変えさせようとしているのが現状だ。

かじたに・かい 神戸大大学院経済学研究科教授。昭和45年、大阪府生まれ。専門は現代中国経済論。平成25年、「現代中国の財政金融システム グローバル化と中央-地方関係の経済学」(名古屋大学出版会)により大平正芳記念賞を受賞。他の著書に「中国経済講義 統計の信頼性から成長のゆくえまで」(中公新書)など。神戸学院大経済学部准教授などを経て同26年から現職。

格差解消を錦の御旗に

「共同富裕」が中国政治のキーワードとしてにわかに浮上した契機は、8月17日に開かれた共産党の中央財経委員会だ。習近平総書記はここで「共同富裕は社会主義の本質的な要求」だと強調。会議は、財政や寄付などによる「第1~3次」の分配を組み合わせて低所得者の収入を拡大する方針を示した。「高収入の人々や企業により多く社会に還元するよう奨励」するとも言及した。

この直後にアリババ集団が、共同富裕の実現に向けて1千億元(約1兆7千億円)を拠出する方針を公表。企業創業者が基金に高額寄付を行う動きも相次いだ。折しもIT企業や富裕層への統制が強まる中、格差解消を錦の御旗にした当局の〝勝ち組たたき〟から逃れたい思惑が透ける。

中国共産党の指導者で「共同富裕」を最初に唱えたのは毛沢東だ。建国直後の1950年代、伝統的な小規模農業を農業集団化する社会主義改造の過程で、貧困に苦しむ農民に「ともに豊かになる」という未来像を示し、社会主義への期待を高める狙いがあった。

しかし、毛が旗を振った計画経済は中国の経済発展を阻害し、文化大革命などの混乱もあって国土は荒廃した。毛の死後、最高指導者となった鄧小平は毛沢東時代を「共同貧困だった」と総括。「先に豊かになった者が残りの者を引き上げ、最終的に共同富裕を実現する」との先富論を掲げ、市場経済体制への移行を推し進めた。

鄧小平の先富論と改革開放は中国に経済発展をもたらしたが格差は拡大した。習氏は2017年の第19回党大会で、今世紀半ばまでに共同富裕を「基本的に実現」させる長期目標を公表。格差解消に政策の重点を置く姿勢を示していた。


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