2001年9月11日の米中枢同時テロから20年を前に、米軍はアフガニスタンから完全撤収し「最も長い戦争」に終止符を打った。しかし、9・11が生んだ負の遺産ともいうべきキューバのグアンタナモ米海軍基地内にある「テロ容疑者」収容所は閉鎖のめどが立っていない。人権団体の調査などで収容者が拷問や過酷な尋問を受けていたことが発覚し、人権尊重を掲げる米政府自らが人権を侵害していると国際社会から批判される根拠になっている。バイデン米大統領は同収容所の閉鎖を目指しているが、議会の反対も根強く、プロセスは遅々として進んでいない。
拘束は半永久か
9月7日、グアンタナモの軍事法廷には、ハイジャックした航空機の突入による同時テロを計画したとされる国際テロ組織アルカーイダの幹部ハリド・シェイク・モハメド被告のほか、実行犯の訓練や資金調達を担ったとされる4人が出廷した。しかし、まだ公判前手続きの段階で、正式な審理すら始まっていない。しかも5人の出廷は19カ月ぶり。被告らを半永久に収容所に留め置くことが目的だと批判されても、反論は難しい。
同時テロ直後にブッシュ(子)政権が急造したグアンタナモ収容所では、これまでに収容中の9人が死亡し、700人以上が出身国や第三国に送還・移送された。テロとは無関係の「容疑者」も多かったとされる。
現在も収容所に残っているのは39人で、このうち12人が軍事法廷で訴追され、10人が出身国や第三国への移送が検討され、相手国と交渉中とされる。残る17人は訴追もされず一切の法的手続きから除外され、無期限に拘束された「永遠の囚(とら)われ人」の状態に置かれている。
収容者の多くが水責め、不眠責めなどで過酷な尋問を受け、拷問により自白を強要されたことが明らかになり、これまでに赤十字国際委員会やアムネスティ・インターナショナルが「対テロ戦争を口実にした収容所での人権侵害」などと、米政府を非難してきた。
国内法が及ばぬ永久租借地
グアンタナモ収容所はカリブ海に浮かぶキューバ本島の東端に位置し、2002年1月に最初の容疑者20人が搬送された。以降、アフガンやイラクなどでの対テロ戦争で米軍によって拘束された中東出身者らが次々と送り込まれ、最も多いときは、約780人が収容されていた。
キューバにあるグアンタナモ米海軍基地内に収容所がつくられた理由は、米領土ではないため米国内法が及ばずに軍法が適用される上、テロ容疑者は捕虜とは異なり長期拘束が正当化されるとブッシュ政権が考えたからだった。
同基地は、1898年の米西戦争で米国がスペインに勝利し、キューバをスペインの植民地支配から解放した際、キューバが「感謝の印」として米国に租借を認めたグアンタナモ湾の岸に1903年に築かれた。この時に結ばれた条約では、租借権は両国が合意しない限り破棄されないことになっており、米国が実質的な永久租借権を得ている。
その後、キューバ革命で59年に成立したカストロ政権が租借地の返還を求めたが、米政府はこれを拒否。するとカストロ政権は基地を取り囲むように三方の山地に地雷を埋設し、基地を孤立させた。しかし、地雷が埋設されたことで米軍にとってはかえって警備がしやすくなり、基地は脱走不可能な要塞とも化した。こうした事情も、ブッシュ政権がテロ容疑者の収容所をグアンタナモに設置した理由だった。
封殺された大統領令
人権派弁護士出身で、ブッシュ氏(共和党)の後を継いで2009年に大統領に就任したオバマ氏(民主党)は、大統領選の運動期間中から、グアンタナモ収容所の閉鎖を公約の一つに掲げた。
収容者を米本土の刑事施設に移送し、国内法に基づいて裁判を受けさせるべきだというのがオバマ氏の主張で、さらに同収容所の存在自体がアルカーイダやイスラム教スンニ派過激組織イスラム国(IS)に活動を勢いづかせる動機を与えていると訴えた。
オバマ氏は大統領就任翌日の09年1月21日に、グアンタナモ収容所の1年以内の閉鎖を命じる大統領令に署名したが、米議会の猛反発を招いた。共和党議員を中心に「閉鎖で収容者を国内に移送すれば、刑務所や周辺地域が脱走を助けようとする自爆テロの標的になりかねず、危険きわまりない」といった反対意見が噴出。議会は10年度の安全保障関連予算法案に収容者の移送経費を計上せず、移送を禁じる条文さえ法案に盛り込んで可決させ、オバマ氏が出した大統領令を封じたのだった。
オバマ氏は「外交と安全保障に関わる政策を遂行する大統領の憲法上の権限を侵害している」と厳しく議会を批判したが、任期中に収容所閉鎖は実現せず、次の大統領のトランプ氏(共和党)は逆にグアンタナモ収容所の維持を命じる大統領令を出し、今日に至っている。
タリバン政権に4人の元収容者
オバマ政権を副大統領として支えたバイデン氏にとって、グアンタナモ収容所の閉鎖は引き継がれた「宿題」ともいえるが、民主党内にさえ閉鎖に反対する議員はおり、実現は容易ではない。当面は国外移送で徐々に収容者を減らして閉鎖に近づけるしか方策がない状態だ。
だが、アフガンで実権を握ったイスラム原理主義勢力タリバンが9月に発表した暫定政権の高官の中に、オバマ政権時代にグアンタナモ収容所から釈放された人物が4人含まれていることが確認され、同政権が収容者の人数を大幅に減らしたことが今、非難の対象になっている。グアンタナモ収容所の閉鎖が「最終ゴール」と公言するバイデン氏にとって逆風が強まったといえる。
人権と安全保障。時に対立する2つの命題のバランスを取ることにおいて、超大国・米国が一つにまとまることはかくも至難なのか-。
(佐渡勝美)