9月、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を目指す大阪府市、和歌山県、長崎県の計画が出そろった。国は来年4月末を締め切りとして、整備計画の認定申請を受け付けている。実現に向け着々と歩みを進めるIRは国内経済にどんなプラスがあるのか、課題はどう克服していくべきなのか。IRに詳しい有識者2人に聞いた。(聞き手 山口暢彦、岡本祐大)
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職種増え産業は多様に 前向き思考で臨め 谷岡一郎氏
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カジノを含む統合型リゾート施設(IR)はこれまで日本にない新しい産業だ。観光産業はすでに海外で様変わりし、日本だけが出遅れている。
IRは投資金額が大きく、新たに作り出される職業が山ほどある。米ラスベガス・サンズがシンガポールで立ち上げたIRの職種を調べると800以上。その3分の1は日本人が聞いたこともない職種で、IRによって生まれた。日本にないノウハウを持ってきてくれて、投資までしてくれることで、日本の産業は多様化する。
いわば、カジノは人と金を回す装置。ラスベガスでは、カジノ自体の収益は35%で、ショーやレストラン、ホテルなどノンゲーミング(非カジノ部門)が65%を占める。安易に海外の人気ショーに頼るのではなく、大阪ならではの吉本興業や宝塚歌劇団、文楽などを新たな展開を含め生かすよう考えてみたら良い。
大阪の場合、IRで約1万5千人の直接雇用を生むとしているが、これは雇用効果の一部。間接的にはさらに増える。街が生まれ、人口が増えると、その人たちを相手にした住宅や病院、職場へ運ぶタクシーなどの商売が生まれる。昭和39年の東京五輪が高速道路や新幹線ができた原動力になったように、IRは2025年大阪・関西万博とともに、瀬戸内海まで含めた交通網を見直す機会にもなる。
オーストラリアのメルボルンではIR周辺から地価が上がり、安全できれいな空間がどんどん増えた。カジノで地域が荒廃するという意見があるが、なぜそんな根拠のないことをいうのか。監視カメラはたくさんあり、むしろ安全になる。
日本にIRは3カ所も必要なのかという意見はある。ただ、IRやカジノを立地する際の人口や平均所得などをもとにした米国のマーケティングを日本に当てはめてみたところ、100カ所以上カジノがあってももうかる計算だった。大阪だけで3、4つあっても成り立つくらいだ。各地が特色を出すことは重要だが、何もしなくても繁盛するだろう。
政府は数年後にも、最終的に全国で10カ所にしようと(自治体によるIR整備計画申請の)2次募集をするかもしれない。その時には、現在手を挙げて先行している地域の成功を見せつけられる。関東圏の都市も手を挙げるだろうし、ものすごい競争になるだろう。
IR反対論者がいうギャンブル依存症の数は、調査が進むと一時的に上がるだろう。しかし、シンガポールでは、やがてスタートする前の半分以下に数が減った。依存症があることを認識し、治療などの必要なケアをするようになったからだ。
ドメスティックバイオレンス(DV)や児童虐待と同様、数そのものではなく、通報で認知される件数が増える。この結果、今まで助けられなかった人を助ける機会が生まれることになる。
IRが既存の店から客を奪う、カニバリゼーション(共食い)を引き起こすという批判がある。しかし、Aというレストランより新しくできたBの方がおいしければ、質の劣る方がなくなるのは健全な競争といえる。得するのは一般大衆だ。
海外のIRで倒産したところがあるという指摘も事実だが、つぶれる方が競争があるということであって健全なのだ。市場全体のパイが小さくなるのではない。
少し心配なことがあるからやめるのでは、資本主義のスピリット(精神)を失う。そんな「後ろ向き思考」を繰り返す間に、日本の所得水準は他国に追い抜かれていった。マイナスよりプラスの方が多いならやってみようと考えるべきだ。
たにおか・いちろう 大阪商業大学長。昭和31年、大阪府生まれ。専門は犯罪学、ギャンブル社会学、社会調査方法論。学校法人谷岡学園理事長、IR*ゲーミング学会長も務める。著書に「カジノが日本にできるとき」(PHP研究所)など。
観光産業に広く波及 招致は海外意識せよ 高橋一夫氏
米国のMGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスのグループは、IRの初期投資額が約1兆800億円に上るとしている。1兆円という金額を超えたことは大きなインパクトがあり、民間の投資を誘発するだろう。
そして、IRは新型コロナウイルス感染拡大によるインバウンド(訪日外国人客)激減で落ち込んだ関西の観光産業にとって追い風だ。観光産業は裾野が大きく、観光消費の約3・5倍から3・6倍の波及効果が出るとされる。
国際航空運送協会(IATA)は、世界の旅客需要が2023~24年にはコロナ前の19年並みに回復すると予測している。日本政策投資銀行の調査では、「コロナ収束後に海外旅行したい」という外国人は8割程度に上っており、最も人気があるのが日本だ。
昨年の旅行支援事業「Go To トラベル」キャンペーンを見ても分かるが、観光需要やレジャー需要は、ちょっとしたインセンティブ(動機付け)で戻りが出てくる。
関西では25年に大阪・関西万博が開催され、20年代後半にIRが開業する。今後コロナが収まるとすれば、観光需要が回復してくるタイミングでIRという〝タマ〟を持っていることは、外国人に訪日を働きかける上で非常に有利だ。
日本のIRの特徴だが、今年7月に全面施行されたIR整備法は、IRは国内各地への観光旅行に必要な運送、宿泊の手配などを行う「送客施設」を置かなければならないとしている。送客施設は、IRをモチベーションとして日本や大阪を選択してくれたインバウンドが他の観光地に行きやすいようにしてくれる。
大阪のIRの場合、MGM・オリックスが提案している送客施設には、フェリーターミナルとバスターミナルが入っている。
たとえば和歌山の熊野古道、京都の天橋立などへバスターミナルから直通のバスを出すことができる。フェリーターミナルもあるので、島々が美しく連なる瀬戸内の「多島美」を船で楽しむ仕掛けも作ることができる。
つまりIRをきっかけに、関西のさまざまな歴史や文化、自然の景観を楽しめるコンテンツをそろえることが可能になるということだ。
課題は、ビジネス出張の需要をどう取り戻すか。コンサルティング大手や鉄道、宿泊事業者などは、コロナ後、ビジネス出張が7~8割程度、戻るとみている。問題は、残りの2~3割だ。
その点、日本のIRは、会議場などを備えたMICE施設を置かなければならないとなっている。企業のインセンティブ旅行(報酬・研修旅行)などの行き先として選ばれる可能性があるので、残り2~3割を取り戻すこともできるだろう。
観光客を誘致するためのIRに関するプロモーションは、意識を海外に向けてもらいたい。国内の関心は、報道などを通じて目につく機会が増えるから、自然と高まるはずだ。
また、人それぞれ価値観の違いはあるが、IRの運営上、カジノの存在には一定の魅力があると認めたほうがいい。日本でのカジノの入場規制は世界最高水準といっていいくらい厳しいものなので、適度に楽しむ対象としてはいいのではないだろうか。
カジノの運営は専門家集団としてのノウハウを持つMGMに頼らざるをえない。
だが、非カジノの事業部門は、IR事業との一体性をそこなわないことを前提にしながら、日本企業が積極的に関与しようとすることが大切ではないかと思う。IRが日本企業を総合的に巻き込む場所になってほしい。
たかはし・かずお 近畿大経営学部教授。昭和34年、名古屋市生まれ。大阪府立大大学院経済学研究科博士前期課程修了。平成18年にJTB退社後、流通科学大サービス産業学部教授。24年より現職。著書に「DMO-観光地経営のイノベーション」(学芸出版社)など。
大阪、和歌山、長崎が名乗り
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)について、政府は今月1日、自治体からの整備計画の申請受け付けを始めた。来年4月28日までに申請した候補地の中から最大で3カ所を選ぶ。
選定された地域は、政府が掲げる2020年代後半の開業を目指し、カジノや宿泊施設などの整備を進める。
現時点で名乗りを上げているのは大阪府市、和歌山県、長崎県の3地域。大阪府の吉村洋文知事はこれまで「世界最高水準のIRを魅力ある大阪ベイエリアに誘致したい」と強調。令和7年開催の大阪・関西万博の会場にもなる同市の人工島・夢洲(ゆめしま)での誘致を目指す。米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナル、オリックス連合が運営事業者に選ばれている。
和歌山県はクレアベスト・グループ(カナダ)を選定し、コンソーシアム(共同事業体)に米カジノ大手が参加することが決まっている。長崎県はリゾート施設「ハウステンボス」の敷地を活用する計画だ。
東日本で唯一手を挙げ、当初本命視されていた横浜市は、市長選を経て正式に撤退を表明。今後3地域以外に意思表明する自治体が出てくるかが、注目される。