日本国憲法が公布されて3日で75年を迎えた。戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)が書いた草案を基につくられた現行憲法は一度も改正されたことがない。憲法を日本人自らの手でつくりあげる日は本当に来るのだろうか。
「党是である憲法改正に向け精力的に取り組む。与野党の枠を超え、憲法改正の発議に必要な国会での3分の2以上の賛成を得られるよう議論を深めていく」
自民党が堅調な戦いを見せた衆院選から一夜明けた1日、党総裁の岸田文雄首相は記者会見の冒頭発言で自らこう強調した。総裁選告示日の1週間前にあたる9月10日発売の月刊「文芸春秋」では「憲法改正は絶対に必要」とも明言した。
しかし、言葉だけが踊っている感は否めない。総裁選の討論会や衆院選の演説では、首相が憲法改正の必要性を積極的に訴える場面はなかった。
憲政史上最長の7年8カ月の長期政権を築いた安倍晋三元首相は、護憲派の反発や内閣支持率の低下も覚悟の上で憲法改正の必要性を訴えた。改憲を公約に掲げて国政選挙で6連勝し、一時は衆参両院ともに改憲に前向きな勢力が「3分の2」を大きく上回った。
安倍氏の任期中の平成30年、自民党は9条への自衛隊明記▽緊急事態対応▽「合区」解消▽教育の充実─の改憲4項目をまとめ、国会での議論を呼びかけた。野党第一党の立憲民主党は「安倍政権下での改憲は認めない」と憲法審査会の開催すら容易に認めず、自民党も改憲を進める気迫に欠いた。
昨年来の新型コロナウイルス禍で、憲法改正をめぐる状況は変化しつつある。報道各社の世論調査では、緊急事態対応で改憲が必要と考えている人が増えた。コロナとの闘いで、国民の命と暮らしを守るため緊急事態対応を憲法に明記すべきではないか─と感じた国民は多いとみられる。国民投票で過半数の賛成が必要な改憲手続きを踏まえれば、こうした国民意識の変化は重い。
平成30年6月以来、8国会にわたり継続審議となっていた改憲手続きに関する改正国民投票法は、菅義偉政権下の6月に成立した。今回の衆院選で、自民党は公約に「早期の改憲実現を目指す」と明記し、単独過半数を得た。野党は立民、共産が後退する一方、改憲に前向きな日本維新の会が躍進し、本格的に議論する環境は整っている。
ワクチン接種が広がり、新規感染者数が減少しているとはいえ、「ウィズコロナ」の状況は当面続く。さらに猛威を振るうウイルスが出現する可能性も否定できない。今こそ非常時に備えた改憲を急ぐ必要があるが、思考は「平時」に戻りつつある。
安倍、菅両政権が最も苦心したのは、新規感染者数の急増と重症化に備えた病床確保だった。日本は人口当たりの病床数が世界トップ級であるにもかかわらず、厚生労働省と日本医師会という「2大抵抗勢力」(自民党重鎮)に阻まれ、たびたび医療提供体制は逼迫(ひっぱく)した。
2月の感染症法改正で厚労省や知事が医療機関に病床確保を「勧告」できるようになったが、国は私権制限も可能とする強制力を持たず、機動的な対応に不安を残す状況は変わっていない。そもそも自民党の改憲4項目の緊急事態対応には、適用対象として「感染症」の文言がない。さらに首相は、都市封鎖(ロックダウン)を可能とする憲法改正を「日本になじまない」として否定的だ。
国際社会に目を転じれば、台湾をめぐる米中対立や核・ミサイルの開発を続ける北朝鮮など周辺の環境は厳しさを増している。「想定外」を理由として緊急対応に備えず、解釈や運用でしのぐこれまでの手法は限界を超えている。
昭和30年に立党した自民党は、政綱に「現行憲法の自主的改正」を掲げた。安倍氏すら果たせなかった憲法改正を「総裁任期中の実現を目指す」と公言する首相が実行するには、「聞く力」だけでなく、具体的な行動で示す強いリーダーシップが不可欠となる。(小川真由美)
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岸田政権が発足して4日で1カ月を迎える。衆院選を経て本格始動した政権の課題を追う。