肥満は生活習慣病に直結し、健康を損なうことが多い。その主な原因は、家系的な遺伝や不適切な食生活にあると考えられてきた。ところが最近、九州大と福岡歯科大の研究により、母親が妊娠中に高カロリーの食生活だった場合、胎児の遺伝子に変化が生じ出生後に太りやすい体質になるという、別の仕組みもあることが新たに分かってきた。妊婦の高カロリー食は、いったいどんなメカニズムで次世代の子供を肥満体質に変えてしまうのか。
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定説で説明できない肥満
体脂肪は、体の機能を正常に保つのに必要なホルモンなどの物質を作り出したり、エネルギー源を貯蔵して体温を保ったり、さまざまな役割を担っている。だが、体に過剰につき過ぎて肥満状態になると、高血圧や糖尿病、高脂血症などに代表される生活習慣病につながってしまう。
肥満になる主な原因は、何世代にもわたって太りやすい体質が続く家系的な遺伝や、脂肪や糖が多過ぎる不適切な食生活などにあるとするのが定説だ。遺伝の場合は、ゲノム(全遺伝情報)の特定の部分に変異が発生していると肥満体質の家系になることが、これまでの研究で判明している。
しかし、肥満していても特定部分の遺伝子変異がなく、食生活も栄養のバランスがとれていて適切なケースもあり、これらの肥満については従来の考え方で説明がつかない。そこで研究チームは、ほかにも肥満を誘発する要因が存在するのではないかと考えた。
マウス実験で比較し確認
さまざまな要因を検討した結果、妊娠中の母親の栄養状態が胎児や新生児の成長、発達に重要な役割を果たすことから、肥満にも何らかの影響を与えているのではないかという見方が浮上。さっそく動物実験を開始した。
生後8週間のマウス約50匹を用意して妊娠させ、出産までの約20日間に通常の餌を与えたグループから生まれた仔マウスと、通常の餌に比べて脂肪を約6倍、糖を約2倍に増やした高カロリー餌を与えたグループから生まれた仔マウスについて、人間に例えると20歳代前後の段階に成長した生後3カ月目の状態を比較した。
すると高カロリー餌の親から生まれた仔マウスは、通常餌の親から生まれた仔マウスに比べて体重が約2割重く、顕著に肥満していた。これにより、妊娠中の親の食生活が、次世代の仔マウスの体質を変化させることが確認された。
チームは続いて、仔マウスが肥満したメカニズムの解明に挑んだ。体に脂肪を過剰に蓄積してしまう現象である肥満は、肝臓の脂肪や糖を分解する能力に関係している。そのため、仔マウスの全ゲノムを解析し、肝臓の機能に関わる遺伝子の状態を調べてみた。
すると、糖の一種で生命活動のエネルギー源であるグリコーゲンを肝臓内で分解する役割を担う「Pygl」という酵素のタンパク質を作る遺伝子が、機能しない状態に変化していることが判明した。
糖分解遺伝子がメチル化
遺伝子は塩基という物資の並び順で表されており、RNAという遺伝情報を伝える物質に情報を転写することでさまざまなタンパク質を作る。
肥満した仔マウスのグリコーゲン分解酵素を作る遺伝子では、並び順が本来とは異なった状態になる「変異」は起こっていなかったが、並び順はそのまま変わらないのに、RNA転写が阻害されて機能しない状態になる「メチル化」という現象が起きていた。
通常、肝臓内のグリコーゲンは空腹時に活動エネルギーを作るため分解され、足りなくなったエネルギー源を補うため脂肪が分解される。だが高カロリー餌の親から生まれた仔マウスの肝臓では、遺伝子のメチル化によってグリコーゲンが分解されにくいことから、脂肪の分解も進まず体脂肪が過剰に蓄積され、肥満につながっていた。
人の場合でも、妊婦の極端な食生活が胎児の遺伝子のメチル化を引き起こし、心臓や精神の疾患につながることが、これまでの研究で分かっている。そのためチームは、人の肥満もマウス実験と同様に、妊娠中の母親の高カロリー食によって生じたメチル化が一因となって起きている可能性が高いとしている。
妊娠中の母親は、胎児に十分な栄養を届けたいという気持ちや、出産に備えて体力をつけておきたいとの思いから、高カロリー食になりがちだ。九州大の安河内友世准教授は「妊娠中の母体の環境が、次世代に影響を及ぼすことが証明された。肥満は多様な疾病につながるため、妊娠期の栄養管理の重要性を多くの人に知ってもらいたい」と話している。
(伊藤壽一郎)