単純化すれば、医療提供体制のひっ迫は「下り」で生じやすい。「上り」は保健所が重症者の調整を行うが、「下り」は大病院と中小病院との直接の調整になる。この病院間の調整がうまくいかない。それぞれの病院がお互いの事情を知ることができないからだ。
これを「情報の非対称性」という。中小病院のベットに空きがあったとしてもそれを大病院側が知ることが難しい。そうなると患者が軽快してもそのまま大病院のコロナ病床を占有し続けていまう。これが医療のひっ迫を招いてしまうのだ。
墨田区では、第五波の最中でも「入院待機者ゼロ」であった。これは上記した「下り」問題を地域の病院、保健所、区が連携して「顔が見える」打ち合わせを重ね、情報を共有したからだ。また行政は病床確保に予算を出し、保健所は「下り」も積極的に調整に乗り出した。
「また、迅速な転院を実現するために、保健所の受付は24時間対応、転院にかかる救急車両の料金も墨田区が負担しています。つまり、『上り』よりも『下り』に重点を置いた地域包括医療体制を構築したところがポイントです」(鈴木亘『医療崩壊 真犯人は誰だ』)
まさに分業の再構築が成功したのである。
首相の「即断即決」実を結ぶか
新型コロナ禍のように先がまったく予測不可能な事態を、経済学では「ナイト的不確実性」という。これはアメリカの経済学者フランク・ナイトが、ちょうど100年前に出版した『リスク、不確実性、利潤』の中で指摘したものだ。
ただしナイト的不確実性は自然現象の予測不可能について言っているのではない。日本の医療提供体制が、コロナ禍前では予想できなかったほど脆弱だったことを解明できる考え方だ。政府をはじめ関係機関の連携がうまくいかない「悪い」状況を、ナイト的確実性は意味している。これを「良い」状況に転じること、つまりナイト的確実性を削減するために、ナイトは100年前に適切な分業やガバナンスの重要性を指摘していた。
実に当たり前のことだが、硬直した組織ではナイト的不確実性を削減することは困難だ。オミクロン株の解明という課題もあるが、世界に先駆けて厳しい水際対策をとった岸田政権は、やはり医療提供体制の再構築においてこそ真価が問われることになるだろう。