山道を管理しているのは誰?
「山道の管理をしているのは誰?」─。活動を始めて直面したのがこの問題だ。登山道の管理者は明確に決まってないことが多く、山小屋経営者や地元登山団体、行政が関与しているものの、安全管理責任の所在は不明瞭。山道によって管理状況、所有状況などが異なる。さらに様々な制度等の仕組みも重なって、MTBトレイルの環境整備のとっかかりをつかむことすら難しい。
海外と比べるとその違いは歴然だ。例えば英国では公的な権利として山道利用を認めており、米国では地権者が明確化されている。こうした仕組みは山道を利用しやすい環境整備につながる。裏を返せば、海外で市場が大きいMTBが日本で普及しない理由は、こうした仕組みがないことに尽きる。
山道利用をめぐるハードルは森林の維持管理も困難にする。登山団体に所属する若手が減少している一方で、スタッフの高齢化が進み、登山道を整備する人手が減っている。そこに近年の気候変動による豪雨続きで登山道が傷み、ますます山に人の手が入らなくなるという悪循環に陥っている。
ただ、山梨県には好条件もある。森林に占める県有林の比率が国内最大の46%もあることだ。県の協力を得て、県有林を整備しトレイル走行できれば山梨県の地域活性化に大いに役立てられる可能性がある。そのためには関係各所との合意形成が必要。そんなシナリオが弭間さんの頭に浮かんだ。
弭間さんは、数人の仲間とともに活動の核となる「南アルプスマウンテンバイク愛好会」を結成し、ボランティア活動として手入れされていない区有林の山道再生や維持管理を手伝うことから始めた。地域の歴史や文化、地理などを学び、祭事や清掃活動、雪かき、高齢者コミュニティ支援などを手伝う中で信頼を獲得。時間をかけて山間部でMTBが“共生”できる体制を構築した。
活動を続ける中で次第に仲間も増え、愛好会は2021年12月現在で160人規模の団体に成長した。驚かされるのは、集まる人の大半がMTB初心者だということ。弭間さんによると、「実はこれが非常に重要なこと」だという。MTB愛好家だけで集まると地域で孤立してしまい、コミュニティとしての発展性を失ってしまう。誰でも使用できるパブリックトレイルにこだわるのも、「MTBが『危ないもの』として特定のエリアに押し込められてしまうことは避けたかった」からだ。
愛好会の活動趣旨に賛同する企業からの協賛金も集まり、活動が軌道に乗り始めた20年、事業化に向けて活動をさらに加速させるために、南アルプス山守人を設立。先日オープンした南アルプス立沼マウンテンバイクパークを皮切りに、今後さらなるトレイルの拡充を目指す。
森林保全にも資する活動とするためには、トレイルもただ作るだけというわけにはいかない。楽しさはもちろん、安全性を最優先とし、さらに維持管理性にも重きを置く。トレイルが浸食されないよう雨水を適切にコントロールできるか、ブレーキコントロールしやすくすることで、いかに地面を痛めないようにするかを意識する。
この「持続可能なトレイル」づくりは「トレイルビルダー」というMTBのフィールドやそれを取り巻く環境を知り尽くした人にしか作ることができないといわれる。弭間さんは海外の書籍や論文を読み、動画サイトを見るなどして独学で習得した。使用許可を得た山道で試行錯誤を繰り返し、トレイルがどう変化するかを研究した。こうしたトレイルづくりの体験は11月21日のイベントで使用した立沼MTBパークにも組み込んだ。作業に協力してもらうという狙いもあるが、「自分で作ったトレイルを走ることで維持管理の大変さとその楽しさも知り、新たな価値観に触れてもらえたら」(弭間さん)という。
現在使用許可を取得した山道の総距離は15キロだが、弭間さんは「目標は総距離200キロ。その規模を展開できれば、間違いなく山梨県をアジア圏最大のMTBの聖地にすることができる」と意欲を示す。