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メルケル首相が残した言葉の重み 8日退任

ドイツのメルケル首相が8日、16年間の任期を終えて退任する。彼女は「危機の宰相」だった。

ドイツのメルケル前首相(ロイター=共同)
ドイツのメルケル前首相(ロイター=共同)

最初の試練は、2011年に深刻化した欧州債務危機。ユーロ圏が沈没寸前になった。15年にはシリア内戦で難民の波が欧州に押し寄せた。2つの危機を切り抜けたメルケル氏は、欧州の恩人である。

どちらも最大の〝壁〟となったのはドイツ国民だった。債務危機では公金でギリシャを救済することに拒否反応を示した。100万人近い難民をドイツが引き取るという構想は、メルケル氏の側近をも愕然(がくぜん)とさせた。「私たちにはできる」という同氏に励まされ、国民は難局を乗り切った。

メルケル氏には、必要と思ったとき、方針を修正する決断力がある。

欧州連合(EU)で新型コロナウイルスが大流行すると、「他国の債務には責任を持たない」とする長年の方針を引っ込め、共同債務による7500億ユーロ(約96兆円)の復興基金を実現させた。コロナ規制では今年3月、1日で政策撤回を迫られ、「私の失敗だ。混乱を招いたことを国民におわびする」と謝罪した。11年の福島第1原発事故後には原発支持の立場を大転換し、脱原発を決めている。

政治家が「ブレる」ことは通常、信念の欠如とみなされる。だが、メルケル氏は常に「なぜ方針を変えたか」を説明した。ほぼ毎週、3分前後のインターネット動画を発信し、国民に政策を語った。06年の開始から600回以上続いた。各国首脳がツイッターで発信を競う中、あえて短文投稿は避け、自分の肉声で伝えることにこだわった。メルケル氏の真の強さは「言葉の重み」にある。

2005年からのメルケル政権の間、日本では9人の首相、米国では4人の大統領が在任した。異例の長期政権が欧州安定の要だった。メルケル氏は国民に「ムッター(お母さん)」と呼ばれ、退任直前まで70%近い支持率を保った。

では、なぜこの時期に去るのか。

「メルケル後」を担うドイツの3党連立政権で、緑の党、自由民主党の2与党は共に40代の指導者が率いる。9月の総選挙でこの2党は、25歳未満の有権者の半分近い票を獲得した。物心ついて以来、メルケル首相しか知らない世代が、変化を求めている。

16年間で世界も変わった。中国という強権国家が民主主義圏に挑戦し、軍事や経済、通信網など、あらゆる分野で競合する。しかも欧州にとって米国は、もはや頼れるリーダーではない。新しい時代、新しい指導者が必要とされている。

民主主義は今、大揺れだ。米国は「トランプ派か否か」で分裂し、フランスは来年の大統領選を前に極右旋風が止まらない。日本も野党が脆弱(ぜいじゃく)で、有権者に政権の選択肢がない。そんな中、ドイツの政権交代は民主政治が健全に機能していることを示した。3党はいずれも、人権と国際協調を重視している。

メルケル氏は共産圏の旧東ドイツに育った。東西冷戦崩壊後、家柄や人脈、資産なしに、たった1人でドイツ初の女性首相に上り詰め、民主主義圏の比類なき指導者になった。

先週の退任式で政治には信頼が大切だと訴え、「みなさんには、他人の目で世界を見ることを忘れないでほしい」と話した。言うは易く、行うは難しの政治的遺言である。(パリ 三井美奈)


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