絵師と原型師が作品を“交換” ワコム発「コネクテッド・インク・ビレッジ」新たな挑戦「作家性を知ってほしい」

    絵と造型、異なる分野の専門家たちの個性が交錯したときに何が生まれるのか。パソコンでの作画に用いられるデジタルペンとペンタブレットの世界的企業・ワコムが創設に寄与した「一般社団法人コネクテッド・インク・ビレッジ」が中心となり、ポップカルチャーの第一線で活躍するイラストレーター「絵師」と、フィギュアの原型を作る「原型師」による共作プロジェクト「MINAMOTO×絵師100人展」が動き始めた。フィギュアは日本のポップカルチャーの代表格。鑑賞者の心を揺さぶる作品を陰で支える原型師は高い作家性を有しているが、その活動に光があたることは少ない。クリエーターへの支援を続けるコネクテッド・インク・ビレッジは今回の共作プロジェクトで原型師の仕事を表舞台に引き上げることを目指し、創作活動の土壌作りにつなげようとしている。

    “未完成品”を交換して創作

    「コネクテッド・インク 2021」で絵師と原型師の共創プロジェクトを発表したセッション=11月17日、東京都新宿区
    「コネクテッド・インク 2021」で絵師と原型師の共創プロジェクトを発表したセッション=11月17日、東京都新宿区

    共作プロジェクトが発表されたのは、ワコムが11月16日と17日に東京・新宿など世界4都市で開催したイベント「コネクテッド・インク 2021」。オープニングイベントでは、宇宙空間を飛び交う素粒子や太陽風の観測データを風鈴の音に置き換えた「宇宙の音」とオーケストラの演奏が響きあい、聴衆がスマートフォンを空にかざすと画家・小林覚さんのカラフルな作品が流れ星のように世界各地をめぐるデジタルアートを見ることができる趣向が凝らされた。今年で6回目となるイベントのテーマ「創造的混沌」を象徴する“カオス”な作品での幕開けだった。

    17日の新宿会場でのセッション「原型師+絵師 共創;『作家性』の宿る場所 - 絵師と原型師の新しい共創からどのような新しい表現が生まれるのか?」で示された、共作プロジェクトの全体像はこうだ。まず前半の段階で「軌跡と交錯」というテーマをもとに絵師は人物のイラストを線画段階まで描き、原型師は立体物をラフの状態まで制作する。後半では絵師と原型師が未完成状態の作品を交換して、互いの創作物の“余白”をイメージしながら絵師はカラーイラストを、原型師は立体物を完成させる。

    参加する絵師と原型師は3人ずつ。原型師側からは、フリー原型師で造形作家の針桐(はりぎり)双一さん、映像作品やフィギュアを手掛けるイクリエの原型師の曽我菜月さん、フィギュアメーカーのknead(ニード)代表取締役の木村和宏さんが率いる制作チームが参加する。皆一様に「普段は一人なので、ほかのアーティストとコラボして制作することになるとは」(針桐さん)などと驚きつつも、新しい挑戦に胸を高鳴らせているようだった。

    また、絵師として旅をする少女の線画を描いた「ふーみ」さんは「立体よりも情報量が少ないので、私の線画を原型師さんにお渡して大丈夫かなという不安もありますが、楽しみにしています」と話した。

    来年1月後半には残る絵師2人が公表され、制作過程の中間発表が行われる予定。完成した合計6作品は来春お披露目されるという。

    原型師を「食べていける職業」に

    どんな作品に仕上がるのか本人たちにも予測できない“カオス”な企画について、ワコム社長で、今年2月に設立されたクリエーター支援のための一般社団法人「コネクテッド・インク・ビレッジ」代表理事でもある井出信孝さんは「クリエーターである原型師に光を当てて、もっと作家性を知っていただきたい。そういう思いで始まったプロジェクトです」と説明する。

    その背景には、原型師は優れた感性や技術を持っていても、活動がさまざまな形で制限されている現状がある。例えば、ニーズが大きい既存キャラクターのフィギュアの原型、いわゆる「版権モノ」を企業から依頼されて手掛けた場合、原型師はプロであっても自分が制作したと世間に公表できないことがあるという。自作の原型から生み出された商品がヒットしても、仕事の実績をアピールする機会を逃してしまうというわけだ。

    また、イラストなどと比べ、フィギュアではアマチュアによる二次創作作品の販売をめぐる自由度が低いという問題もある。イラストや同人誌ではIP(知的財産権)保有者の方針に反しない範囲で二次創作作品の販売が慣習的に認められており、クリエーターが育ちやすい環境が定着している。一方、アマチュアが参加できるフィギュアの即売会では、開催日に限り、企業がIPを保有するキャラクターのフィギュアを会場内で展示・販売することを可能にする「当日版権システム」が導入されるケースがあることにとどまる。

    ポップカルチャーの代表格のフィギュアだが、作品の根幹を支える原型師の持続的な活動への制約の強さをみれば、裾野を広げて業界を盛り上げていく土壌が整っているとはいえないだろう。

    今回のプロジェクトは、井出さんと、イクリエ代表取締役の濵島広平さん、イベント企画などを手掛けるピーエイアイエヌティ代表取締役CEOの池田輝和さんが中心となって設立された原型師たちのコミュニティープロジェクト「MINAMOTO」と、産経新聞社が主催するポップカルチャーの展覧会「絵師100人展」がコラボして実施される。絵師と原型師の創造力を広くアピールできる機会となりそうだ。

    濵島さんは「フィギュアなどの手にとれる作品には、映画でいうところのエンドロールがありません。制作にかかわった原型師や(彩色を担当する)フィニッシャーのことを知ってもらう機会を作りたい」と話し、MINAMOTOの活動を通して原型師を目指す人が一人でも増えてほしいと期待を込めた。池田さんも「日本はクリエーティブな分野が発達していますが、クリエーターが適正な対価と評価を得られているとは限らないのです。トップクリエーター以外も好きなことで生計を立てられるようになれば」と展望を語った。

    産経新聞社事業本部エンターテインメント事業部の石坂太一部次長は「作家性がすでにあらわれているものに、ほかの作家性が融合されていくのか、それとも対立するのか。楽しみでなりません」と完成を待ち望んでいた。

    提供:株式会社ワコム


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