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【金正恩の10年】暗殺・人心掌握 祖父と同格化

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が2011年12月に死去し、三男の金正恩(ジョンウン)氏が同国3代目の最高指導者に就任してから今月で10年となった。20代で政権の座についた若き独裁者は、幹部らの粛清を通じて権力基盤を確立するとともに、対外的には融和路線も装って米韓首脳を翻弄、国際社会からの孤立もいとわず核ミサイル開発を進展させてきた。祖父、父とは異なる統治手法も特徴的だった「金正恩の10年」を振り返る。

父、正日が死去したのは、正恩が後継者に内定してからわずか3年後のことだった。正日が1970年代半ばに初代指導者、金日成(イルソン)の後継者に指名され、94年まで約20年間準備を整えたのとは対照的に、脆弱(ぜいじゃく)な権力基盤の下で政権運営に臨んだ。

執政初期の数年間は、「後見役」とされた正日時代からの幹部らの影響力を排除することに注力した。「国家転覆を企てた」として正恩の叔父にあたる正日の妹婿、張成沢(チャン・ソンテク)に死刑判決を下し、即日処刑した。正日時代の軍幹部らも次々に粛清され、姿を消した。正恩が権力を握った直後に助命を嘆願する書簡を送ったとされる異母兄、正男(ジョンナム)をマレーシアの空港で毒殺するなど、クーデターに結びつく不安要素の芽をことごとく摘んでいった。

党や軍の幹部に対する統制を強化する一方で、住民に対しては人心掌握を意識したパフォーマンスを展開し、「隠遁(いんとん)の指導者」とも評された父とは異なる姿を強調した。「遊園地でずさんな施設管理を叱責」「工場幹部らの無能と凝り固まった思考方式に激怒」。官製メディアでは、正日時代にはみられなかった精力的な現地視察が繰り返し報じられた。

昨年10月に開催された軍事パレードでは、「防疫前線、自然災害復旧への将兵の献身には感謝の涙なしにはいられない」と述べ、眼鏡を外し涙ぐむ様子を見せた。「国を率いる重責にあるが、努力が足らず人民が困難な暮らしから抜け出せないでいる」と謝罪してみせた。

粛清と人心掌握術という硬軟両様で先代の影響力をそぎ、自身の存在感を高めた正恩。今年1月の党大会で、「永久欠番」扱いにしていた正日の「総書記」ポストに就任した。前回大会では会議場中央に掲げられた祖父と父親の肖像画は、姿を消した。

今年に入ると、かつて日成を指す呼称としてのみ使用された「首領」を、北朝鮮メディアが正恩に対し使用する記事も増加。崇拝される祖父、日成と同格の存在として権威を強める傾向が、如実に表れ始めている。

「重病」「影武者」説も

動静が報じられない期間が長期化するたび、重病にかかったなどとする「体調不良疑惑」も繰り返し報じられた。

2014年、40日余り動静報道から姿を消した後、つえを突く姿が北朝鮮メディアで伝えられた。20年4月には米CNNが「重体説」を報じたほか、今年6月、約1カ月ぶりに動静が伝えられた際には大幅に体重を減少させた姿から、別人が登場したとする「影武者説」まで飛び出した。

韓国の情報機関、国家情報院は就任の初期から20年までに約50キロ増えた体重が、20キロ程度減少したと推定。現在の体重は身長約170センチに対し、120キロ程度とみられている。=敬称略

(ソウル 時吉達也)


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