「病院の火災原因のトップは放火」凶悪事件が続発する医療現場の本音と悲鳴

    PRESIDENT Online

    ■評判が良かった院長とクリニック

    今回の大阪の放火事件後、インタビューでは「実直で優しい先生」「私にとってなくてはならない場所」「この病院のおかげで職場復帰できた」などと、多くの患者たちに慕われていた様子がうかがわれた。

    病院ホームページを確認すると、院長は精神科専門医のみならず産業医資格もあり、「夜間22時まで診療」という「働きながら心の病を治したい患者」にとってはありがい病院だったのだろう。「大阪駅から徒歩8分」のようなアクセスな場所で、患者の自己負担額にも配慮するならば、クリニック立地が雑居ビルの一画にならざるを得なかったと推察される。

    ■現代の産業医には、心療内科センスが不可欠

    院長が資格を持っていた産業医とは、職場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師のことである。50人以上の職場には必須であり、1000人以上の職場では専属産業医を置くことが労働安全衛生法に定められている。

    産業医の資格を得るには、日本医師会の主催する産業医基礎講座を修了することが一般的だが、講義内容は「騒音や振動、粉じん、有機溶媒……」のような、昭和期の工場などを念頭においたような項目が目立つ。

    現代の職業病とも言える労働者のメンタルトラブルや、それを未然に防ぐストレスチェック、病後の職場復帰支援ついては、明確なカリキュラムがない。そのため、医師が独力で情報収集し生涯学習して対応していくしかない。現状、産業医が実施するメンタルヘルス対策は、「従業員に対するメンタル面のアンケート」など最低限のものにとどまっており、さらなる拡充が求められる。

    ■神田沙也加さんの急死~心の病は他人ごとではない~

    大阪の放火事件の翌日(18日)、さらにショッキングな事件があった。歌手で女優の神田沙也加さんがホテルから転落死し、状況から自殺の可能性が示唆された。紅白歌合戦出場やミュージカル主演など芸能界において順調にキャリアを伸ばしているように思えたが、他人にはうかがい知れない悩みや心の病を抱えていたのだろうか。

    母親で歌手の松田聖子さんは「いまだこの現実を受け止めることができない状態」として、12月19日に開催予定のディナーショーのキャンセルを決定した。彼女のメンタルヘルスも大いに心配である。

    悩みや心の病の度合いは、糖尿病や高血圧のように数値化が困難だ。2020年に自殺した俳優の三浦春馬さんや竹内結子さんのように、周囲が心理的な異変に気付くことができないケースも数多い。

    放火されたクリニックは、多くの産業医が敬遠しがちな職場のメンタルヘルスにきちんと向き合っていた貴重なクリニックだった。今回の事件が「心療内科クリニックは危険だからウチのビルから出ていけ」といったおかしな排斥騒動にならず、むしろ「神田沙也加さんのような存在を出さない」ための砦となるようサポートしていきたい。

    筒井 冨美(つつい・ふみ)

    フリーランス麻酔科医、医学博士

    地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

    (フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)


    Recommend

    Biz Plus

    Recommend

    求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)

    求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)