岸田文雄政権が掲げる「デジタル田園都市国家構想」には、成長産業の創出、教育や福祉医療の充実とともに、MaaS、ドローンなどの交通・物流やスーパーシティなどのモビリティサービスについても触れられている。一方、100年に一度の大変革期にある自動車業界も、地域課題の解決に向け、官民が連携して新たなモビリティサービスの創出に挑んできた。筆者は長年さまざまなモビリティサービスを見てきたが、成功には欠かせない要素がある。それは地域の公共交通事業者との関係づくりだ。中でもタクシーは絶対に外せない。
■ライドシェアが日本で広がらない理由
近年のクルマを使った新モビリティサービスの代表格はライドシェアだ。
「ライドシェアが日本にも早く欲しい」「日本で広がらないのはタクシーのせいか」との声をよく聞く。
一般の利用者の声としては理解できる思いだ。しかし、新ビジネスの企画者として、ライドシェアのような新しいモビリティサービスを安易に検討すると、たちまち失敗する。
ウーバー・ジャパンの政府渉外部長として2017年から19年まで日本でのロビイング活動など担った安永修章氏は、「当時のウーバーは、日本のタクシー業界や国土交通省の内情を知らず、アメリカのやり方をそのまま持ち込んだため、非常に関係性が悪い状況でした。日本のタクシーのサービスの質は非常に良いです。ライドシェアが広がった国は、タクシーのサービスの質が悪いので、その代替としてライドシェアが広がったところという共通項があります」と振り返っている。
ライドシェアはウーバーなどの一部の企業が市場を席捲する「ライドシェア1.0」の時代から、こうした新モビリティサービスも自治体と協業する「ライドシェア2.0」の時代へと移っているともいわれる。アメリカですら交通体系を荒らされることを良しとしない自治体が増え、交通を自分たちの手に取り戻したいとの考えが広がっている。
■新モビリティサービスはタクシーに熱い視線
一般的には、日本はライドシェアに対する動きが遅れているといわれている。しかし、日本は新モビリティサービスと自治体が協業する「ライドシェア2.0」へと一足先に進展している国であるともいえる。
クルマを使った最先端のモビリティサービスには、スマートフォンを活用した配車、AIを活用したAIデマンド交通、自動運転サービスなどがある。
このうちAIデマンド交通は「ライドシェア2.0」の好例だ。路線バスのようにルートを固定せず、複数人の乗客をうまく拾って行けるように自動的にルートを作ってくれるかしこいシステムで、自治体と企業が協業する動きが出ている。
伊那市のAIデマンド交通の名称は「ぐるっとタクシー(ドアツードア乗合タクシー)」で、2020年4月に西春近(にしはるちか)地区から、運行車両4台で、1乗車500円のサービスを始めた。2021年10月からは、市内ほぼ全域を運行エリアにし、車両は12台に増えている。路線バスに充てていた予算をAIデマンド交通に用い、地元タクシー会社と連携して運行している。