ホンダにとって、2021年という年は後世にわたって永遠に「激動の年」として刻まれることになるだろう。新たな舵取り役として三部敏宏氏が社長に就任。4月23日に最初に取り組んだのは大胆な電気自動車(EV)戦略の発表だった。就任の席で、世界で販売する新車を2040年までにすべて電動車(BEV)と燃料電池車(FCV)にすると宣言。数々の高性能なエンジンを世に送り出してきたホンダにとっては、いわば宗旨替えにも等しい大英断である。
一方で、F1世界選手権でホンダエンジンを搭載するマシンが年間王者に輝いた。今年ホンダは二つのコンストラクターにパワーユニットを供給しており、そのうちのエース格、レッドブル・ホンダを駆るM・フェルスタッペンが、それまで5年間に渡ってチャンピオンを守ってきたメルセデスの牙城を崩すことに成功。「脱ガソリンエンジン」を宣言した年に“世界最速ガソリン車メーカー”の称号を手にしたという皮肉である。
F1で磨かれたエンジンの開発力
ホンダのF1挑戦の歴史は1963年に遡る。創始者である本田宗一郎の悲願だった世界最高峰のレースへの挑戦を開始。活動休止までの6年間で2勝を果たした。欧州型モータースポーツ界での孤軍奮闘を考えれば成功といえるだろう。
それを第1期とするならば、再びF1に返り咲いた1983年から1992年までの第2期は黄金期といえるだろう。伝説のドライバー、A・セナとA・プロストを擁し、5年連続のワールドタイトルを独占したのだ。1988年には全16戦中15勝を記録した。これほどの強さを発揮したマシンはそれ以外に存在しない。
休止期間が過ぎ、2000年の第3期も再び活躍した。参戦開始直後こそ苦戦を強いられたが、最終的にはJ・バトンがドライバーズタイトルを獲得。ホンダ復活は成功したのである。
そして2015年から再挑戦を開始した第4期。復帰するや否や、空白がどれほど進化を遅らせてきたかを突きつけられる。名門マクラーレンレーシングチームと提携したというのに、テールエンダー(最下位)でもがく。チャンピオン経験のあるF・アロンソを招聘するも、戦闘力の低さは明らかだった。
だが、それでも撤退はしなかった。そればかりか、みるみる力をつけ始めた。苦難の時期を乗り越えて、最終的に2021年は年間ドライバーズタイトルを奪取してみせたのである。
ただ、ちょっと酷な言い方をするならば、ホンダのパワーユニットを搭載するレッドブル・レーシングのM・フェルスタッペンが世界タイトルに輝いたのであって、ホンダが世界チャンピオンに輝いたのではない。
というのも、F1のタイトルには二つある。一つはもっとも優秀なドライバーの栄誉であるドライバーズタイトルであり、もう一つはもっとも優れたマシンに与えられるコンストラクタータイトルである。2021年のホンダはM・フェルスタッペンのドライバーズタイトルをサポートしたものの、マシンとエンジンが表彰されるコンストラクターズタイトルはメルセデスに奪われているのだ。それでも今年のホンダエンジンが世界で最も速かったことに疑いはないし、ホンダの栄冠がまったく汚される理由にはならない。ただ、本来の栄冠を取り残したことは事実なのだ。