今回は、これまでとちょっと違ったお話をしてみましょう。詐欺の話です。弁護士をしていると、「これは詐欺が絡んでるな」という事件に結構出くわします。人間に欲望がある限り、それにつけこむ詐欺というものはなくならないでしょう。
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紛失した免許証が詐欺グループの手に…
最近、こんな事件が何件かありました。不動産オーナーから家賃滞納が3カ月に達したので、賃貸借契約を解除したいと依頼された案件です。
内容証明で解除通知を送付した後、建物明け渡し訴訟を提起しました。ここまでは普通のことです。その後、被告から答弁書が送られてきました。答弁書とは、原告が作成する訴状に対する被告の反論書面です。この答弁書で、被告は意外な主張をします。
「私は借りてません」
え? そんなわけないでしょ。賃貸借契約書ありますよ。それに、本人確認だってされてるし。ほら、ここに免許証のコピーが。答弁書を呼んで、思わずそんな独り言を呟(つぶや)きたくなってしまいました。しかし、彼は「絶対に借りてません」と言い張って譲りません。
実はこの人、本当に借りてなかったのです。彼は運転免許証を1年前に紛失していました。紛失後すぐに警察に届け出ており、その紛失届が証拠として提出されたことで、彼は本当に借りていないと証明されました。一体誰がどのような目的で賃貸借契約を締結したのか、最終的にはこの訴訟では謎のままでした。おそらく、詐欺グループが詐欺を行うためのアジトとして使っていたのでしょう。
同じような事件がもう一件、起きています。いや、正確には同じような事件の「可能性がある事件」です。なぜ言い直したかと言うと、この件に関しては、借主は敗訴してしまったからなのです。そう、この人は滞納賃料の支払いを裁判所に命じられてしまったのです。「絶対に借りてない!」彼は叫ぶようにそう主張し続けました。
しかし、その声は裁判官に届くことはありませんでした。実はこの人も運転免許証を2年ほど前に紛失したと主張していました。ただ先ほどの人との違いは、運転免許証の紛失届を出していなかったこと。そう、裁判は証拠がすべてなのです。
研修先で財布を入れた鞄を置いていただけなのに
請求額2000万円! 免許証のコピーを使った詐欺事件で思い出されるのは、ある若者(ここでは「Aさん」と呼びましょう)の相談です。Aさんは、突然、2000万円を返還しろという内容の訴状が届いて困惑しました。
原告である被害者の主張はこうです。「ある会社の営業マンを名乗る人物から、投資の誘いの電話があった。その誘いに乗ってお金をつぎ込んだところ、その後何の音沙汰もなくなってしまった」。弁護士に相談したところ、その弁護士はその携帯電話番号を取っ掛かりにして相手を調べてくれたそうです。
すると、その携帯電話はレンタル携帯だったことが判明しました。携帯をレンタルした会社に契約資料の請求をしたところ、契約者として浮上したのがAさんだったのです。資料にはAさんの運転免許証のコピーがありました。Aさんは運転免許証を紛失した過去がありませんでした。私はそのレンタル携帯会社に足を運んでみました。すると、会社の所在地とされていたマンションの一室には会社名は何も掲げられておらず、人がいる気配もなかったのです。
いよいよ怪しいと思い、ネットでも何か情報がないか探しました、するとこの会社、同様の詐欺事件の疑いをネット上でいくつも掛けられていたのです。また、レンタル携帯の契約の日、Aさんは地方に卒業旅行に行っていたことが判明しました。
こうした一連の事実を証拠と共に主張した結果、Aさんはどうにか勝訴することができました。Aさんから聞くところによると、今勤めている会社に内定が決まった際に研修があり、その研修の時に隣に座った男がその後、会社の金を横領して解雇されたのだそうです。
研修中、財布を入れたまま鞄(かばん)を置くことが多々あり、しかも研修場所にはコピー機があり誰でも容易にコピーができる環境にあったそうなので、Aさんは、この男が運転免許証のコピーを詐欺会社に渡したのでは、と言っていました。真相は藪の中ですが、Aさんは「どこに危険が潜んでいるか分からず、不安が今でも付きまとう。トラウマだ」と言っていました。