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経験とともに増えていく…「今更ながらに分かること」は社会的な共有財産

「今更ながらにわかる」との表現がある。子どもはあまり使わない。大人が多く使う。「今更ながら」は、「本来、知っているべき、あるいは分かっているべき」ところをカバーできていなかったから「恥ずかしい」との言葉が続くのである。子どもはすべてを学ぶ時期なので、この表現は似合わない。

※画像はイメージです(GettyImages)
※画像はイメージです(GettyImages)

大人は「今更ながらに分かって」も、ずっと以前から分かっていた振りをする場合が多い。よって「今更ながらに分かった」と話せば、逆に「謙虚な人だ。そう、人はある経験を積み重ねて分かることが多いのだ」と肯定的に受け取られる可能性もある。

もちろん、「あんなことも分かっていなかったのか!」と陰口を叩かれても、である。

本でも古典の部類に入るものは、子どもの時にもそれなりに分かった気になる。だが、大人になると子供の時の「分かった」が、実は腑に落ちる度合いが浅かった、または一部だけを捉えて全体だと思い込んでいたことが反省的に理解できる。

それでは、子どもが分かることは中途半端に過ぎないのか?

いや、そういうことはない。子どもは子どもなりに、若者は若者なりに、大人は大人なりの分かり方があってこそ、行動に移れる。子どもが老成した分かり方をしたら、ことによっては手足がでない。

情熱や願いが先行するために一歩を踏み出せる。そこに価値がある。大人は情熱に振り回される程度が若干減る分、経験によって得た智恵で一歩を踏み出すのだ。

世代によって異なった分かり方がある。


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