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浅草「伝法院通り」立ち退き提訴 不法占拠か、区長から許可か

下町の情緒を残す東京都台東区浅草の「伝法院通り」で土産物店などを営んできた32店が、区に立ち退きを求められている。区道の不法占拠を主張する区に対し、店で構成する「伝法院通り商栄会」は「昭和52年に区長から口頭で許可を得ていた」と反論。40年以上営業が続けられていたため困惑の色も濃い。ただ、双方とも当時のやり取りの記録がなく、対立は法廷に持ち込まれることになった。

左側に四十年来の店舗が並ぶ伝法院通り。右側は浅草公会堂=東京都台東区浅草(永井大輔撮影)
左側に四十年来の店舗が並ぶ伝法院通り。右側は浅草公会堂=東京都台東区浅草(永井大輔撮影)

浅草寺に続く仲見世通りと交差して延びる伝法院通りの西側に、商栄会の店は軒を連ねる。洋服や玩具などが所せましと並んだ小さく古い店の集まりは、浅草のレトロな街並み作りにも一役買っているようで、店の前で写真を撮る観光客もいる。商栄会の西林宏章会長(60)は「区の景観条例に協力し、自費でシャッターに江戸風の絵を描くなど、浅草を盛り上げるために長く区とも協力してきた」と振り返る。

「地代はいらない」

観光地になじんだ商栄会の店の歴史は、店側によると昭和50年代に遡(さかのぼ)る。

「地代はいらない」。昭和52年、独創的な施策で「アイデア区長」と呼ばれた当時の内山栄一区長(故人)は、店側にこう告げたという。西林さんによると、伝法院通り周辺には戦前から多くの露天商があり、同年「浅草公会堂」ができたのに合わせ、現在の店が建てられた。その際、内山氏は「地代はいらない」と口頭で説明し、店側は区長から許可を得たと認識し営業が始まった。

「しっかり地面と接合しているでしょう」と、西林さんは店の柱を指す。柱は地面と溶け合うよう結びつき、設置に工事が行われたことを想像させる。「違法なら、こんな工事をしている最中に止める。店には住居表示板もあり、この住所で確定申告もしてきた」と西林さんは強調する。

一方、区側は、店から道路法に基づく道路占用許可申請がなく、占用料も支払われていないと指摘。店舗の並ぶ土地は昭和36年に区道認定されており、区の担当者は「区道占用には書類提出を経て許可を出すといった手続きが必要。伝法院通りだけ例外を認めると整合性がとれなくなる」と説明する。内山氏の許可については「道路上に建物の建築を許可したという記録は残っていない。法律上は本来、建てられない場所のはずだ」としている。

判例越えた結果も

区は平成26年6月、商栄会役員らに不法占用の状態であることを指摘。以来、個別訪問や文書で店舗撤去や原状回復の通告などを行ってきた。だが、店が建てられた当時のやり取りを示す資料がなく、主張が平行線をたどる中、区議会は昨年12月、店舗所有者らに建物撤収や土地明け渡し、占用料相当額の支払いを求めて提訴する議案を可決。区は1月17日、東京地裁に訴えを起こした。

不動産問題に詳しい、みずほ中央法律事務所の三平聡史弁護士は「区道のため区から立ち退きを求められれば退去しなければならない可能性が高い」と解説。一定要件を満たす占用をした者が所有権を取得する時効取得についても「私道ではなく公道のため難しい」という。ただ、区が立ち退きを長期間求めなかった点については「特殊だ」とし、「超長期間の黙認から公道の廃止を認めるなど、判例を越えた結果もあり得るかもしれない」と話す。

アイデア区長の一言から始まったとみられる今回の騒動。内山氏は平成24年に死去し、区が初めて店側に説明会を開いたのはその2年後だった。通りに店を構える80代男性は「40年以上も黙認したのに今さら…と思った。内山区長が亡くなったのに合わせて急に動いているように感じる」と区への不信感をにじませた。

(永井大輔)


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