電子レンジでチンして“冷たい麺”ができあがる─。そんな魔法のような「冷やし中華」が、3月の発売開始を前にSNSで話題となっている。レンジで温めているのになぜ冷やし中華ができるのか。開発を手掛けた冷凍食品大手メーカー、ニチレイフーズ(東京)に率直な疑問をぶつけ、構想に5年、商品化に3年の月日をかけたという革新の冷凍技術の詰まった冷やし中華を実際に味わってみた。
まるで店のような食感
「600ワットで2分50秒です」と言われたら、普通は肉まんの温め方の説明を受けていると思うだろう。しかしニチレイフーズ家庭用事業部の蟹沢荘平さん(32)が“温めよう”としてるのは「冷やし中華」と書かれた冷凍食品。取り出した容器には、冷凍された麺と具とタレ、そして麺の上に小さな氷がパラパラにのせられている。タレ袋を取り除き、そのまま容器をレンジへと投入した。
2分50秒後、レンジから出てきた容器にはまだ氷が残っていた。しかし容器の底の部分は熱い。「失敗…?」と思いきや、そこから“イリュージョン”が始まった。
蟹沢さんが麺にかけたのは直前まで凍っていたタレ。「レンチン」している時間で自然解凍されたたれを温まった麺に絡ませていくと残っていた氷が解け、手に伝わってくる容器の温度もみるみる低下。氷が解け切った頃には、容器はまるで冷蔵庫から取り出したような冷たさになっていた。
最後に一緒に解凍した具材をのせて完成。早速、味わってみる。一口食べてまず驚いたのが、まるで中華料理店で食べるような“冷やし”感。そしてモチモチとした麺の弾力だ。絶妙な茹で加減の生麺を氷水で締めたような食感で、コンビニの冷やし中華や、自宅で作る冷やし中華以上の仕上がり具合だった。
決め手は「氷」の使い方
なぜ温めたはずの麺が、これほど完成度の高い冷やし中華になるのか。蟹沢さんによると、ポイントは氷の使い方にあるという。電子レンジはマイクロ波という電波を発し、物体の中の水分子を大きく振動させることで物を温める。しかし、固体である氷は分子全体が固く結びついているためマイクロ波の影響を受けにくいという性質がある。この氷の解けにくさと、麺や具材に含まれるわずかな水分が温められるバランスで、絶妙な温度の冷やし中華を作り出しているという。
氷がレンジで解けにくいという性質は広く知られている事実だが、ポイントはその使い方にある。麺や具材が解凍される時間と、麺をまぜあわせて氷を解かし、麺を冷水で締めたように冷やす時間、そして解けた水の量を勘案した濃さのタレで仕上げる絶妙な味のバランス─。それらを1つのパッケージとして完結させる配合バランスに、現在申請中の特許技術が生かされている。
「当社の過去の研究履歴を洗い直し、氷を活用することはすぐに決まりましたが、理想の時間内で麺と具材の両方を最適な温度、品質に仕上げることが非常に難しかった。麺はうまくできても具材が過熱され過ぎたり、その逆もあったり。最適なバランスをめぐって何度も試行錯誤を繰り返しました」
しかし、冷凍食品と冷やし中華の相性の良さは確信していたという。
蟹沢さんによると、冷やし中華の調理には麺を茹でてから冷水で締めるという手間がかかるため、自宅では「手作りがしにくいメニュー」とされているという。また、過去に他社で冷凍食品の冷やし中華はあったものの、レンジ調理後に水で冷やすタイプだったために麺全体に水分が浸透してしまい、食べる時点で麺のコシがなくなることもあったという。
しかし、ニチレイでは自社工場で製麺した麺を急速凍結することで、まるで生麺のような食感を実現することに成功。「これをうまく商品化できれば自宅に“冷やし中華革命”が起こせると確信していた」(蟹沢さん)ため、開発に8年の年月を費やしてでも商品化に漕ぎつけた。