「台湾の決断にむしろ感謝すべき」九州の半導体工場誘致に4000億円の血税が使われた本当の意味

    PRESIDENT Online

    日本の産業界全体に大きなメリット

    次に、半導体需要や日本の産業界全体へのメリットについて考えてみたい。熊本新工場の生産能力は月産4万5000枚(300mmサイズウエハー)となる見込みだ。専門家の中には、ソニーの必要量は月1万枚程度だから、TSMCは余剰分の3万5000枚を海外に販売して丸もうけするつもりだろうと、了見の狭い分析をする向きもある。

    しかし、この3万5000枚を日本国内の企業に優先的に分配することができれば、半導体を必要とする日本企業も海外調達リスクを大幅に軽減することができる。多額の税金を投入するのだから、これくらいは政府主導で行ってほしい。

    車載半導体サプライチェーン(デンソーなど)への安定供給が進めば、自動車産業にも朗報だ。さらに、日本メーカーが開発から撤退し国内に生産拠点がない40nm未満の先端ロジック半導体について、設計やテストから生産までを行える基地が誕生することで、日本の半導体応用技術は飛躍的に発展する可能性がある。EV関連など、将来有望な分野での技術進化も期待できるかもしれない。

    裏を返せば、日本の製造技術は、すでに自国で先端半導体の開発ができない状況に陥っていたのだ。

    注目すべき東大とのアライアンス

    加えて、国内の大学や研究機関との協力にも注目したい。とりわけ、2019年11月に東京大学とTSMCが発表した、先端半導体技術の共同研究のための提携「東京大学・TSMC 先進半導体アライアンス」は重要だ。この提携があったからこそ熊本工場の誘致が実現したと、筆者は考えている。

    同アライアンスの締結に先立ち、東大では新たな半導体研究センター「d.lab(ディーラボ)」を立ち上げた。d.labではTSMCが提供する開発支援プラットフォームを用いて、設計した半導体をすぐにTSMCの先端プロセスで試作できる態勢を整えている。国内の企業や研究機関と、最新の生産技術を持つTSMCとの間を取り持つ存在になることが期待されている。

    東大とTSMCの共同研究活動も進められる予定だ。材料、物理、化学などの幅広い領域で相互に協力しながら、半導体技術全体のさらなる革新につながるアプローチも模索していくという。

    TSMCの工場誘致と学術提携は、日本の半導体関連技術の強化や、人材育成機会の創出につながる。TSMCとの提携をきっかけに、日本は新しい技術大国としての生き残り/生まれ変わりを模索できると、筆者は信じている。

    汎用性の高い22/28nm半導体

    TSMC熊本工場と同時に、米アリゾナ州でもTSMCの工場が誘致されることが決まっている。生産されるのはFinFET型の5nmプロセス半導体で、12インチ(最高値の半額という300mm)ウエハー月産2万枚。アメリカ政府もアリゾナ工場の誘致に、上限で約5兆7000億円を準備しているとも報道されている。

    「なぜアメリカには最新技術の工場が建設され、日本では10年以上前の旧世代技術の工場なのか」という問いの答えは、至って単純だ。日本には5nm FinFET技術で作られた高性能半導体を使いこなすだけの企業・工場がないのだ。日本ブランドの最新の携帯やパソコン、ゲーム機などは、台湾などのEMS企業が海外で受託製造していて、日本に工場はない。


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