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入山章栄と落合陽一が語る 都市のあり方と持続可能性の結びつき

落合さん「日本では1900年代以降、農業中心から工業中心の時代に代わっていったことで、人々は経済活動の拠点となる都市部に集中し、それまでよりも移動を行わなくなりました。たしかに、経済的な観点から見ればそうした定住は功を奏したと言えます。しかし、環境負荷の観点から見れば、人々がより分布した状態で、適度に移動しながら暮らしていた頃の方が結果的には安定していたはずです」

入山さん「落合さんも先に言われていたように、都市や人々がここまで移動しなくなったのは、実は最近のことですよね。むしろ本来的には、かつてのように動き続けているべきであるとも言えるかもしれない。お話をしながら、そんなことを感じました」

落合さん「先ほど話した遷都も含め、大きな移動が繰り返し起きていたことは、生活の営みをより持続可能なものにするという意味で、正しいことだったのかもしれません。ただし農耕による環境負荷が、一般的に狩猟採集よりも大きいということは忘れてはいけませんし、遷都を行なっても生産地が移動するわけではない。しかし、都市が移動すれば、その周辺環境も変化する。つまり自ずと人々の移動も促されるはずです。今後も100年に一度くらいの頻度で、都市が移り行くような構造が求められていると思います」

入山さん「個人にとっては、一箇所に止まらず移動を繰り返すからこそ生まれる、精神的な豊かさもあるのではないでしょうか。たとえば、先ほど飛騨高山における狩猟採集民族の話題の中で、同地区から大量の石棒が出土したというエピソードがありましたよね。それは、いわばアートの彫刻に時間を使うだけの生活の余裕、心の豊かさがあったことの証左とも言えるかもしれません」

続けて話題に挙がったのは、ビデオ・アーティストのナム・ジュン・パイクがかつて唱えた「ステーショナリー・ノマド(定住する遊牧民)」という概念について。人々は一つの場所に定住しながらも、電子情報を通して世界中の人々とやりとりすることで、いわば世界中を移動するかのように暮らせるのではないかという考え方です。

ステーショナリー・ノマドを例として挙げた落合さんは、この考え方に同意を寄せつつも、より本来的な遊牧民に近い生き方が広がることが、社会のサステナビリティを考えるうえでは重要になるはずと述べました。

落合さん「この考えが発表された1980年代当時は、テクノロジーが現在に比べて発達しておらず、実現が難しい状態でした。しかし技術が十分に発展した今、社会においてステーショナリー・ノマドの考え方が体現されていると言える状況です。

とはいえ、ステーショナリー・ノマドのような生き方が実現可能になったとしても、やはり環境負荷などの問題が解消されるわけではない。ここまで話してきたように、遊牧民のように生活拠点を移動させながら生活を営む人が増えたり、都市そのものが移動を繰り返したりするためには何が必要か。それらを考えることが、都市そのもののあり方を探るうえでも、重要となってくるのではないでしょうか」


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