2010年―熊本から巨龍・中国を飲み込む! 味千ラーメンの軌跡

熊本城天守(令和3年4月撮影)
熊本城天守(令和3年4月撮影)

熊本に発祥したローカルラーメンがグローバルを制す! アメリカに次ぐポジションにつき、経済大国を標榜し始めた中国。14億の人民を魅了した一杯を追えば、「失われた20年」にも粘る日本ラーメンのバイタリティが見える。その時代に台頭したラーメン店に焦点を当て、日本経済の興隆と変貌、日本人の食文化の変遷を活写する本連載。今回は、中国本土をはじめ世界に750店以上を擁する『味千ラーメン』に迫る。

2010年の中国外食シーンを熊本ラーメンのレジェンドが席巻

熊本城天守(令和3年4月撮影)
熊本城天守(令和3年4月撮影)

世界最大、約14億の巨大人口を擁して改革開放後の経済をドライブさせてきた中国。2010年、そのGDPは日本を抜いて世界第2位となった。40年以上も守り続けたNo.2の席を失い、新興中国の後塵を拝することとなった日本。しかし、その巨龍の身中には豚骨香るホットなラーメンが勢いを見せていた。

2010年、中国料理協会が選出した「中国ファストフード企業トップ50」を引こう。米国のヤム・ブランズ(ケンタッキーフライドチキン、ピザハットなどを運営)、同じくマクドナルド、台湾発のファストフードであるディコスに次ぎ、4位にランクインしたのが『味千ラーメン』である。

この店が熊本県庁正門横にオープンしたのは1968年。奇しくも日本が西ドイツ(当時)を抜き、世界2位の経済大国にのし上がった年であり、東京では本連載で紹介した『ラーメン二郎』が創業している。さて、そんな味千ラーメンの出で立ちは? 白濁豚骨スープがどっしりと構え、ネギ、チャーシューといったスタンダード具材に加えてキクラゲも存在感を発揮。ストレート中太麺が泳ぐ、重厚な九州ラーメンらしい一杯だ。お品書きを見れば漆黒の香味油がスープ表面にたゆたう「黒マー油ラーメン」なるメニューも目に留まる。

この味千ラーメン、有力ご当地麺「熊本ラーメン」誕生の一幕に深く関わったキー店でもある。1950-60年代の九州ラーメン年譜を紐解き、熊本ラーメンの出自を振り返ってみよう。

九州ラーメンの多くは豚骨ダシをベースとする白濁スープだが、この「とんこつスープ」が生まれたのは福岡県久留米市である。1937年、西鉄久留米駅前に屋台として出店した『南京千両』が開業。そして、1947年に、同じく屋台の『三九』が、仕込みプロセスの偶然の産物として白濁スープを世に出した。「煮込みすぎて白く濁ったスープに味付けをしてみたらおいしかった」――これが白濁豚骨スープ誕生のセレンディピティである。

ブレイクした久留米ラーメンは九州各地に伝播。久留米から県境を挟んでほど近い熊本県玉名市にも、1952年に『三九』の屋台が久留米から出店し話題となる。その噂を聞きつけ、ラーメン技能の習得を目指し、熊本市から3人の男が玉名市にやってきた。その中のひとりが熊本ラーメンの古豪『こむらさき』を創業した山中安敏、そして『味千ラーメン』の創業者・重光孝治である。

九州各地で開花した多くのラーメンは、久留米のデッドコピーに堕すことなく、それぞれ独自の装いを纏って立ち上がった。熊本では豚骨に加えて鶏ガラ、キャベツなどの野菜も出汁に使われ、まろやかなスープが作られる。そして、強化パーツとして投入されたのが「ニンニク」だ。ニンニクを油で炒め、寸胴に加える手法が開発されたのだ。台湾をルーツとし、中国食文化圏の料理に通じていた重光孝治は、その発案者のひとりと言われる。

『味千ラーメン』『こむらさき』『桂花』といったアーリー熊本ラーメンの名店は、この手法を先鋭化。炙ってから乾燥させたニンニクチップ、揚げ工程を経たガーリックチップ、ニンニクを揚げて香りを移した香味油「マー油」が開発され、熊本ラーメンに無二のオリジナリティを付与することとなる。

店舗個々が実力をつけ、そして同じコアパーツを擁するラーメン集団としても強みを持った。熊本ラーメンは有力なご当地麺として認知度を着実に高めていくが、フリークをはじめ中央のラーメン論壇で認知されたのは、東京進出でブレイクした『桂花』、そして『新横浜ラーメン博物館』の出店で注目を集めた『こむらさき』といった面々。『味千ラーメン』は九州地方を中心に勢力を広げたが、東京には出店しなかった。現在、最も東にある店舗でも静岡県の掛川インター店である。首都圏での出店を経ずして、中国からグローバルへの飛躍。このリープフロッグはいかにしてなし得られたのか……?

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