• 日経平均27819.33-180.63
  • ドル円134.96134.99

「視聴者がよろこぶから続けている」テレビ局がワイドショーをやめられない根本原因

PRESIDENT Online

視聴者が求める「期待どおりの感情」

「視聴者は期待どおりの感情になれなければ満足しない」――。あるベテラン放送作家から、筆者はそう聞いたことがある。テレビの黎明(れいめい)期から黄金時代にかけての雰囲気を知る彼は、さらにこう付け加えた。

「わからない言葉や表現が一瞬でもはさまったら、視聴者はそこで興味を失ってチャンネルを変えてしまう。わからないことを見つけて喜ぶのは頭がよい人だけだ」

こうしてワイドショーの需要と供給が成り立っている。制作側と視聴者のどちらもが、「もっともっと」とわかりやすさと親しみやすさと喜怒哀楽を求める。論理よりも感情で動いてしまいがちなのは人間の愛(いと)おしさであると同時に弱点でもあるが、ワイドショーはこの弱点をカネに変えるビジネスなのだ。

テレビ離れの一因であっても

ワイドショーが新型コロナウイルス感染症について怪しい医療情報や感情的な意見を放送するのは、パンデミックを国や医療従事者のせいにしたい視聴者の期待に応えるためだ。国や医療従事者を批判している専門家をスタジオに呼んで意見を語らせ、司会者はさらに視聴者の感情を煽る。視聴者は込み入った説明を嫌い、期待どおりでわかりやすい極端な情報を求める。

スタジオに呼ばれた専門家や、素人の「コメンテーター」は、どうすれば視聴者の耳目を集められるかを次第に学習し、極端な発言を増やしていく。しかも求められている役割を自覚して個性を際立たせようとする。視聴者はますます、喜怒哀楽を刺激されて満足する。

桂小金治の怒りや涙を固唾を飲んで見守っていた、1960年代の視聴者のリテラシーを、ワイドショーの制作者はいまだに基準にしているのではないかとさえ感じる。そうした制作態度は若年層を中心とした現在進行中のテレビ離れに間違いなく加担しているが、それでもまだ5~10%の視聴率を獲得できている。視聴率が確保されスポンサーが付くかぎり、ワイドショーはなくならず、基本的な制作方針も変化しない。

今やあらゆる番組が「ワイドショー化」

むしろ、低コストで高視聴率を実現するワイドショーの手法は、他のカテゴリーの番組制作者にとってもますます不可欠なものになっている。

1970年代半ば以降、報道番組はアナウンサーが原稿を読む時代からキャスターが視聴者に語りかける時代へ、わかりやすさと親しみやすさを追求していった。わかりやすさと親しみやすさを高めるには、感情的で深く考えることを嫌う視聴者層に擦り寄らなければならない。その結果、元の数字と比べて不自然な強調を用いたグラフ、論理の流れがおかしいフリップ、印象操作が甚だしいVTR映像が、ワイドショーだけでなく報道番組にも見られるようになった。「こうしないとわかりにくいし伝わらない」というのが、制作側の決まり文句だ。

音響効果や音楽の多用、保育園のようなカラフルなスタジオセット、やたらと挟み込まれるクイズ形式の演出も、いまやあらゆる番組に浸潤したワイドショー的演出だ。硬派の討論番組を名乗る「朝まで生テレビ!」もまた、出演者の文化人がそれぞれの役割を演じながら、挑発や嘲笑をぶつけ合って視聴者の感情を煽る見せ物小屋と言ってよい(かつて大島渚が「バカヤロウ」と怒鳴る瞬間が番組の名物だったことからも、この構造ははっきりしている)。

「感情でものを考える人をバカって言うんだ。最近は番組そのものがそうなっている。テレビの先はもう長くない」と、前述のベテラン放送作家は筆者に語っていた。総ワイドショー化に突き進む地上波テレビは、彼が予言した通りの滅びの道をたどるのだろうか。(著述家、写真家 K ヒロ)

K ヒロ(けい・ひろ) 著述家、写真家

1964年北海道北見市生まれ。大学在学中から写真家として活動。広告代理店勤務の後、コピーライティングおよび著作活動に従事。東日本大震災後10年を契機に、日本と日本人を見つめなおすプロジェクトに改めて着手。noteにてハラオカヒサ氏と共同で、コロナ禍を記録する「コロナ禍カレンダー」ほか、反ワクチンや陰謀論、さまざまな社会運動などについての論考を展開している。



Recommend

Biz Plus

Recommend

求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)

求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)