今年はいくつもの新型ロケットがデビューする「ロケット・イヤー」になるはずだった。しかし、開発の遅れから初ローンチの延期が続々と発表され、プロジェクト全体のスケジュールが大幅に遅延することが危惧されている。その状況に追い打ちを掛けているのが、ロシアによるウクライナ侵攻だ。
近年、世界の宇宙事業は、安価で信頼性の高いロシア機材に少なからず依存してきた。しかし、ロシアと各国が離反したいま、そのサービスを使えなくなった一部事業者の間では、「ロシア・ロス」が拡がっている。
新型ロケットの完成は遅れ、ロシア機材は使えず、代替ロケットの空席がないというこの状況。
いま世界の宇宙事業がどのような事態に遭遇しているのか? この3週間に発生したことをおさらいしつつ、世界におけるロケット事情をご紹介したい。
欧州クライアントへの支援をロシアが放棄
欧州のロケットが、どこで打ち上げられているかご存じだろうか?
多くの場合ロケットは、地球の自転と同じ東方向、または、地球観測衛星などの場合には南か北に打ち上げられることが多い。しかし、ヨーロッパはどの方向を向いても居住区がある。そのため欧州のロケットは、南米大陸の北東部沿岸にあるフランス領ギアナまで海上輸送され、ギアナ宇宙センターから打ち上げられている。
同射場はESA(欧州宇宙機関)のホームグランドであり、フランス政府が管轄している。東は大西洋、ほぼ赤道直下(北緯5.3度)なので、静止衛星などを打ち上げるにも絶好の場所だ。
ギアナではESAが開発した大型ロケット「アリアン5」や小型ロケット「ヴェガ」などが打ち上げられる。しかし、じつはESAは手頃な中型ロケットを持っていない。そのためロシアと協力体制を築いて、ロシア製の「ソユーズ」ロケットを購入し、ロシア人スタッフの支援を得ながら、欧州の探査機を載せたソユーズをギアナから打ち上げているのだ。
2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、同日にはバイデン大統領がロシアに対して制裁措置を発表した。するとロスコスモス(ロシアの国営宇宙開発企業)のCEOロゴージンは、ギアナで打ち上げ準備に当たっていたロシア技術者と作業員87人を退去させた。その結果、4月6日に予定されていた欧州の測位衛星「ガリレオ」の打ち上げは無期延期。ロシアの一方的な判断によって、欧露の協力体制は完全に停止されたのだ。この状態がいつまで続くかは、まったく予想できない。
ソユーズST-Bによるガリレオ衛星の打ち上げは9月にも予定されていたが、それも延期または中止される可能性が高い。他国に打ち上げを頼むにも空席がない。欧州はいま、より低コストの新型ロケット「アリアン6」を独自開発していて、その初打ち上げが2022年の第3四半期に予定されているが、新型ロケットの開発は概して、遅延することが多い。
ロシアの報復? バイコヌールのソユーズも打ち上げ中止
ロシアが管理するバイコヌール宇宙基地でも同様の事態は起こった。
米国企業の通信衛星「ワンウェブ」は、ソユーズ2.1bによって打ち上げられる予定だったが、その3日前(3月5日)、打ち上げを実行するための追加条件が、ロシアのロゴージンから提示されたのだ。
その内容とは、「ワンウェブの利用を民間利用に限り、軍事目的で利用しないことを確約すること」。同時に、「ワンウェブに出資をしている英国政府が、その資本を引き揚げること」だ。イギリスは、ロシアがウクライナに侵攻した同日、ロシアに対する制裁措置を表明していた。
このロシアからの通牒に対してワンウェブ社の理事会は、バイコヌールからの打ち上げ中止を決定。ほぼ同時にロシアも打ち上げ停止を公表した。ウクライナ情勢がここまで悪化したいま、ワンウェブがバイコヌールから打ち上げられることは二度とないと予想される。