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一部にある「ウクライナ早期講和論」は敗北主義 「不撓不屈」の抗戦意思こそ国を救う

ロシア軍がウクライナの首都キーウ(キエフ)周辺から撤退した。これがロシア側の態勢立て直しのための一時的、戦術的なものに過ぎないのか、あるいは、ロシア側がウクライナ全土制圧、政権交代という当初の侵略目的を諦めた結果なのかは、しばらく戦況の推移を見なければ分からないだろう。しかし、キーウは2日間程度で陥落するだろうという侵略開始前の欧米諸国の見立てを思えば、ゼレンスキー大統領を中心とするウクライナ軍・民の不撓不屈(ふとうふくつ)の抗戦は感嘆に値する。

ゼレンスキー大統領を中心とするウクライナ軍・民の不撓不屈の抗戦は感嘆に値する(Getty Images)※画像はイメージです
ゼレンスキー大統領を中心とするウクライナ軍・民の不撓不屈の抗戦は感嘆に値する(Getty Images)※画像はイメージです

いかなる犠牲を払ってでも護ろうとする強い意思

この抗戦の成功が、欧米諸国からの兵器支援、情報支援等によるものであることはもちろんであるが、その支援を引き出し得たのは、ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ軍・民の団結といかなる犠牲を払ってでも自国の主権と領土を護ろうとする強い意思であることはいうまでもない。

これに比べ、アフガニスタンのガニ大統領は、タリバンが首都に接近するや真っ先に国民を捨てて国外脱出し、残された国軍は抵抗らしい抵抗もしなかった。米軍のアフガニスタン離脱の様は褒められたものではなかったが、自国のために戦おうとしない国や民を助けようとする国などないことを強烈に知らしめるものでもあった。

一方、国内では、ロシアとウクライナの軍事力を比較し、ウクライナには勝ち目がないとして、ロシア側に譲れるところは譲って抗戦を止めた方が軍・民の被害も少なくなるから賢い選択だとする言説が一部に流布されている。

そもそも、軍事的な勝敗は、兵員数や戦闘機、戦車、艦艇、ミサイルなどの数量だけによって決定されるものではない。勝敗の帰趨(きすう)は、指揮官、兵員や兵器の質、練度、戦術の巧拙、士気など客観的な数字として現わすことのできない要素によって大きく左右される。

プロイセン軍の将校でもあった戦略家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、その著『戦争論』(徳間書店・淡徳三郎訳)の中で、戦争の目標は相手の抵抗力を奪うことであるとし、その抵抗力の大小は、既存の諸手段(軍備)の大小と意思力の強弱という不可分の2要素から成立しているとしている。

それを敷衍(ふえん)して、彼は、国家の抵抗力を奪うということは、相手の戦闘力を破壊し、国土を占領し、相手の意思を挫くことだとした上で、たとえ、前二者を達成したとしても、相手の意思を挫かない限り戦争は終結しないと指摘している。

このことは、第二次世界大戦において、チャーチルとイギリス国民によって証明された。ヒトラーは、第二次世界大戦においてフランスを制圧した段階で、もう一押しすれば、イギリスは戦意を喪失し和平に応じるものと考えていた(『第三帝国の興亡4』ウィリアム・L・シャイラー:松浦伶訳)。

しかし、チャーチルの意思は挫かれていなかった。彼は、1940年6月4日、すなわち、ダンケルクから撤退するイギリス兵を乗せた最後の引き揚げ船が到着した日、下院で「たとえ、ヨーロッパの大部分と多くの名にし負う歴史ある国々が、ゲシュタポとナチの憎むべき支配体制の手中に落ち、あるいは今後も落ちるおそれがあろうとも、我々が挫け、怯むことはないであろう。我々は最後まで進み続け、フランスで戦い、各地の海と大洋で戦い、いや増す確信と力に満ちて空で戦い、いかなる代償が必要だろうと、祖国の島々を守るであろう。浜辺で戦い、上陸地点で戦い、野で街で戦い、丘で戦うであろう。そのようなことは一瞬たりとも信じないが、たとえ祖国たるこの島国、あるいは、その大部分が征服され、飢餓にさいなまれようとも、四海にまたがる我が帝国はイギリス艦隊の武器に守られ、神のご加護を得て、新世界(註:アメリカを指す)が力を尽くして旧世界の救済と解放に乗り出すまで戦い続けるであろう」という有名な演説をした(前掲書)。


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