脳科学者・中野信子さんと精神科医・和田秀樹さんが共著『頭のよさとは何か』(プレジデント社)を出した。「頭のよさ」の本質とはいったい何なのか。知性か、能力か、行動習慣か。白熱対論の一部を特別公開する──。(※本稿は、中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。)
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「貧乏」が頭を悪くする
【和田】目の前のことに振り回されている限りは、人間は賢い人でもバカになる。このことを、私たちはよくよく考えたほうがいい。
【中野】それについての実験はいっぱいありますよね。追い詰められた人がどんなに愚かな選択をするかという認知行動的な実験が。たとえば、言い方はよくないですが「貧乏が頭を悪くする」というハーバード大学の研究があります。頭が悪いから貧乏になるのではない。
頭の悪い人々の特徴は「変わりたくない」
【和田】愚かな選択以前に、何の選択もしない、何の行動も起こさない人もたくさんいます。
【中野】「頭が悪い」という表現が適切かどうかはわかりませんが、そういう人は、その状態が好きなんだと思うんです。「頭がいい状態になりたい」と口では言うものの、いつまでも変わらないのは、「この状態もけっこういい」と本当は思っているからではないかと、いつも感じます。
【和田】僕の予想だと、きわめて現状維持バイアス(*)の強い人。現状がいいわけじゃないけれど、その状態を変えるのが怖いと思っている。
*変化を避けて現在の状態の維持を望む心理。人間は利益による満足よりも損失・不利益に対する不満を大きく感じる傾向にあり、たとえ変化をすれば利益がある場合でも、変化に消極的な人が多い。
【中野】「いまの状態より悪くなるくらいだったら、いまのままでいたい」なのかもしれません(笑)。
失敗とは、「うまくいかない」と発見すること
【中野】そういうメンタルブロックがあるんですよね。
もしかしたら隣の店のほうが、いつも行っているお店よりおいしいかもしれないのに、「まずかったらどうしよう……」と思って絶対に入らないとか。1回くらい行ってみたら、失敗してもきっと楽しいよ、と思うんです。
【和田】そうそう。そういう行動とまったく同じだよね。「行ってみて、まずいって経験すりゃいいじゃん」という話なわけですよ。発明王トーマス・エジソンは、「私は人生において失敗など一度たりともしていない。この方法ではうまくいかないということを発見してきたのだ」と言っています。試すことに対する抵抗がある限り、たぶん頭はよくならないし、幸せにもなれない。
最初から答えが決まっているのはつまらない
【和田】そもそも論として、僕なんかだと、最初から答えが決まっているほうがつまらないと思ってしまうんですよ。
【中野】わかる。
【和田】すごくうまいと評判の店に誘われたときなんか、実際にその店で料理を食べるより、その2、3日前のほうがずっと幸せな気分がしていますから(笑)。
【中野】旅などもそうですよね。現地で『地球の歩き方』に紹介されている名所を回って満足するかといえば、それだったら極端なことを言えば、ネットで名所の情報を調べてGoogle ストリートビューで確認するだけでもいいんじゃないか。
現地に行って財布をすられたとか、変なおじさんにからまれたといったスリルのある経験も含めて、リアルに体験することや、その国の空気を知ることが面白かったりするわけでしょう。
名所旧跡を見てうまいもの食ってばかりいて、本当にそれは豊かな旅なんだろうか。新しい体験をするほうが脳は喜ぶように仕組まれているわけですし。
【和田】ほかの人が誰も知らないことを「経験」という形で知れば、少なくともその点に関しては「世界一賢い」わけです。それだけでもすごいと思うんですよね。
見えなかった構造を解き明かすのが「知」
【中野】どんな分野であれ、それまで見えなかった構造を解き明かしていくことが、「知」としての本当のキュレーション(情報を選んで集めて整理すること)の妙というか。発見する力を持ったほうが楽しいよ、と提案したい。
それができるのが、本当の「賢さ」かなと思います。
【和田】人間の脳って、不思議なことにいろいろな形でロックがかかっちゃうんです。そういう生き物なんだよね。それがある限り、どんなに金があろうが、社会的地位が高かろうが、たぶん「つまらない」と思ってしまうのではないかなあ。
ゲームみたいなもので、「肩書を得るゲームで教授になりました」とか「首相になりました」というのもいいのですが、その「なった瞬間」がいちばん楽しくて、そこで終わってしまう。
【中野】上がり、ゴールですよね。
【和田】そう。でも、そうじゃなくて、「首相になったらこんなことやろう」とあらかじめ考えていて、実際になってからそれを実行したら、もっと首相であることを楽しめる。そういうことって、たくさんあると思うんですよ。