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「小中学生の全国大会は子供を不幸にする」 “勝利至上主義”という麻薬

PRESIDENT Online

スポーツにおける価値とは、心肺機能の向上や筋力の増強などを通じて身体が健やかになることや、コツをつかみカンを働かせようと内側から感覚を探るプロセスを通じて、身体の感受性が育まれることが挙げられる。他にも、容易にくじけない強靭(きょうじん)さや主体性、積極性などを備えた心構えや自尊心を育んだり、挨拶やマナー、コミュニケーションスキルなど、所属する集団を快適に生きるための所作を身につけたりするのもそうだ。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CasarsaGuru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CasarsaGuru

その中で、勝利至上主義とは、勝利を最も価値あるものとみなす考え方である。

すなわち、勝利至上主義とは、先に挙げたスポーツの価値をなきものとして、勝利のみを重視する短絡思考に他ならない。あるいはこれらの価値を、あくまでも勝利を手にするために身につけるものとし、そのすべてを勝利に従属させる暴論でもある。もっといえば、勝利を手にさえすればこれらの価値は自ずとついてくるという思考停止といってもいい。

勝利はスポーツの価値を養う上での方便でしかない

勝利はこのうえない充実感をもたらす。このとてつもない恍惚(こうこつ)は、勝利以外のさまざまな価値に向けるべきまなざしをかき消してしまう。この落とし穴を回避するためには、勝敗の競い合いはより丁寧に扱わなければならない。

勝利を目指すのはあくまでも方便であり、真の目的はそれへのプロセスで身につくさまざまな価値である。この紛れもない事実を、子供のそばに立つ大人はそのつど思い出さなければならない。スポーツを通じて、子供を「見る目」を養わなければならないのだ。怒鳴り声を上げている暇などないのである。

親・指導者の意識も変える必要がある

スキー板を履いて雪の斜面を横切るとき、ただ加速に任せてしまえば知らず知らずのうちに谷底へとたどり着く。目標を視認し、谷足の内側に体重をかけて軌道修正し続けなければ横断できない。

スポーツはこれと同じである。競争を前提とするがゆえに、いつしか方便であるはずの勝利の追求が目的化する。油断すればすぐに勝利至上主義へと傾いてしまうわけである。だからたえず微調整しなければならない。この微調整は、自らが斜面に立っている現実を自覚することで初めてなされうる。

全柔連は「仕組み」を変えた。日本にルーツがあり、オリンピックで多くのメダリストを輩出する柔道界のこの軌道修正は、若年層におけるスポーツの健全化に向けた大きな一歩であることは間違いない。だが、仕組みを変えただけでは不十分である。大切なのは、保護者や指導者など子供を取り巻く大人たちの「意識改革」である。勝利至上主義の弊害を学び直す大人が増えることで、子供が安心してスポーツに興じることのできる環境がつくられる。

勝利の味は格別だ。だがそれは、往々にしてひとときのよろこびでしかない。スポーツの豊かさは、真剣になって勝利を追求するそのプロセスにある。勝敗に付随して身についた価値は競技をやめてもなお残り続ける。これこそがスポーツがもたらす最大の果実であると私は思う。(神戸親和女子大教授 平尾 剛)

平尾 剛(ひらお・つよし)

神戸親和女子大教授


1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。現在は、京都新聞、みんなのミシマガジンにてコラムを連載し、WOWOWで欧州6カ国対抗(シックス・ネーションズ)の解説者を務める。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)がある。


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