日本を代表する建築家、黒川紀章さんが設計した集合住宅「中銀カプセルタワービル」(東京・銀座)の解体工事が進んでいる。新陳代謝を意味する「メタボリズム」という建築思想にのっとり、「カプセル」と呼ばれる箱状の部屋を交換するという独特な構想があったが実現せず、老朽化が指摘されていた。半世紀前に未来を描いた昭和の傑作を惜しむ声が広がっているが、一部のカプセルを宿泊施設として再利用する計画も進む。「新陳代謝」は令和の時代に新しい段階を迎えている。
ちょっとした幸運で
解体が始まった今月12日から数日が経ったこの日も、中銀カプセルタワービルの周辺には引きも切らず多くの人が訪れていた。雨の中、別れを惜しむようにスマートフォンで“最後の勇姿”を撮影する人の姿を眺めていて、11年前に会ったカプセルで暮らす男性の言葉を思い出した。
「ここに住む人は雨漏りに悩まされているんですよ」
男性が住むカプセルは通りに面していて、円形の窓の下には高架上の東京高速道路(KK線)が見える。住んでいた、といっても普段は都心から少し離れた地域で生活し、休日になると銀座に出てくるという暮らしを送っていた。
カプセルの部屋はビジネスホテルくらいの広さで、壁紙は白く、同じ色の布団と枕を備えたベッドがあった。ほかにスペースをとっているのは間接照明の電気スタンドくらい。旧型のテレビなどの電化製品は壁面に埋め込まれていた。
整然とした印象を与える空間だったので、この建物が雨漏りに悩まされているとは信じられなかった。だがやはり、この部屋でも雨漏りは発生していて、被害が出ていないのはちょっとした幸運のおかげに過ぎなかった。
「この部屋は、雨漏りの箇所がバスルームだから水で部屋が傷みにくいのです」
140の部屋のうち入室できたのはこの一部屋だけだったが、ビル内の共用部でも雨漏り対策をしている様子が見受けられ、2011年の時点で老朽化が進んでいたことがうかがえた。25年ごとにカプセルを取り換えるという、建築家が提唱したメタボリズムを具現化したような構想もあったが、完成した1972年から一度も実施されなかったのだから無理もない。